「進路選択のミスマッチ―15年後に後悔しないために」 倉部史記さん(NPO法人 NEWVERY理事)に聞く

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高校生が進路選択をする時に起きる「ミスマッチ」――。保護者や先生が本人のために良かれと思って勧めた進路が、必ずしも本人の望むものとは限りません。私たちは、高校生の本当の声に耳を傾けているでしょうか。大学進学後に中退の原因となる「ミスマッチ」について、高校と大学の学びをつなぐ「高大接続」に取り組み、「NPO法人NEWVERY」で理事を務める倉部史記さんに聞きました。そこで、そもそも中退の実態が社会に知られていない現状が浮き彫りになりました。「受験」がゴールじゃない、「就活」もゴールじゃない。15年後に後悔しない進路選択とは――。
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倉部史記(くらべ・しき)
高大共創コーディネーター、NPO法人NEWVERY理事
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。企業広報のプロデューサー、私立大学専任職員、予備校の大学連携プロデューサーなどを経て独立。追手門学院大学客員教授、三重県立看護大学で高大接続事業外部評価委員などを務める。
著書に「大学入試改革対応!ミスマッチをなくす進路指導」など。
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―― 倉部さんが「中退予防」に注目し、取り組むようになった経緯を教えてください。

ずっと、教育に関わる仕事がしたいと考えていました。教育は「未来」をつくる仕事です。大学院を卒業してウェブの制作会社に勤めていましたが、中途採用で職員を募集していた私立大学に転職し、たまたま教務部に配属されました。教務部は履修届や中退届を出す部署で、中退届を出す学生が思っていた以上に多いなと感じたのです。先輩の同僚がデータを調べたところ、4年ぴったりで卒業する学生の割合が予想以上に低かった。学科によっても違いますが、50数%という学科もあった。そんなに留年したり中退したりする学生がいるのかと驚きました。

一方で、大学の中で改善、改革について声を上げようと思った時に、「とはいえ受験生が集まらないと困るよね」「どんなにいい教育をしても、受験生は増えないでしょ、偏差値は上がらないでしょ」という話になる。あきらめムードもあるし、徒労感を感じることもありました。

■予備校、NPOで体験型の進路選択プログラムを手がけて、高校生の劇的変化を垣間見た

大学職員だった20代後半のころ、大学業界について思うことをブログで書き続けていたことが縁で、東京の予備校の社長さんから「うちでやってみないか」という声がかかりました。ブログがきっかけで転職というのは、当時は珍しかったかもしれません。予備校は「受験のど真ん中」。だったらそこで出来ることを探すのもいいのではないかと考えました。その予備校は生徒の進路指導や進路開発に力を入れている予備校で、大学と連携した取り組みもしていました。そこで大学側の窓口になりました。

予備校に通う高校生15人ほどが、土日などを利用して約3カ月、大学の研究室を体験する特別プログラムに携わりました。高校生が本物の研究者から刺激を受けると「化ける」んですね。例えばロボット工学のゼミに参加した高校1年生が、3カ月後に国内学会で英語で発表したこともありました。短期間でこんなに変わるのかと驚きました。
 
その一方で、2~3割の生徒がプログラム後に進路を変更するのです。「思っていたのと違った」という生徒もいました。ゼミに参加する高校生には、あらかじめ面接をして志望理由を聞くのですが、文系理系を問わず、どんな選び方をしても、「ミスマッチ」が出てくる。でも、早い段階でそれに気づくのは良いことで、大学に入った後でそれに気づいても、時間がもったいないわけです。

ほんの2~3カ月の体験で変わるのですから、高校生が言う進路って、思ったほど正確ではないのでは、と感じました。高校での進路面談も、先生がちょっとした突っ込みを入れるとか、問い返しをする余裕がないんだということも、その時調べて分かったことです。「君は薬学部志望ね。もう決まっているね」といった具合に。

大学も新しい学部をどんどん作る。高校の先生方も、そのすべてをとても把握しきれない。正直、生徒さんの行き先を確保するだけで、手いっぱいではないでしょうか。高校生の様子を身近で見ていて気づいたことです。

ただ、予備校は授業料も高く、裕福な家庭の子どもしか通えない。「教育格差の拡大に一役買っているのではないか」という、もやっとした気持ちがありました。特別プログラムのような豊かな学び・体験を必要としている人は、地方にいる高校生なのではないかと感じました。

授業を「見せる」だけじゃなく、「学習者」になってもらうことをめざす

予備校には5年間勤め、33歳の時にフリーになりました。何のあてもなく独立したのに、たくさんの方が手を貸してくれました。独立して1年後には、(現在理事を務める)「NPO法人 NEWVERY」が取り組む「WEEKDAY CAMPUS VISIT」に外部ディレクターとして関わりました。高校生が大学の普段の授業に参加し、大学生と一緒に受講する取り組みです。

高校生に授業をただ「見せる」だけじゃなく、「学習者」になってもらうことをめざし、前後の指導に力を入れました。授業を受ける前に「これから受ける学部は、どんな学部だと思う?」と聞いて、言葉で書き出してもらいました。授業の後に予想通りだったか、みんなで集まって話し合う。生徒たちは、こちらが思っていた以上に真意をくみ取ってくれ、大学3年生の難しい授業の後にも、気づきを口にしてくれました。これならいけるという手応えを感じました。予備校での経験が役に立ったと思います。
 
考えてみれば、多くの高校生向けオープンキャンパスは、生徒を「お客さま」扱いしていますよね。面白い模擬授業や、無料の学食体験、先輩から楽しいサークルの話を聞く。これでは中退は減らないのではないかと思います。「WEEKDAY CAMPUS VISIT」のおかげで、いろんな大学、いろんな学部の普段の授業の現場にいられた経験は、すごくいい勉強になりました。高校生が変化していく様子を目の当たりにできました。

■「中退」が社会的課題として認知されるために

全国の高校や大学で、多い時で年間100件ほどの講演をします。先生向け、生徒向け、保護者向けと様々です。高校の先生方への講演で、大学の中退率の数字を示すと、「そんなに多いのか」と驚かれます。進路指導の際、生徒に大学の偏差値は調べさせても、中退率について調べさせることはほとんどないと言ってもいい。それはつまり、大学を中退するなんて思っていない、大学は4年で卒業するものでしょ、という意識があるのです。大学進学後の追跡調査も、ほとんどしていないのが現状です。データが知られていないことが一番の問題だと思います。大学でも、教務部では知られていても、入試課では知られていないというケースがあります。中退率がもっと広く知られるようになれば、対策も取られ、状況が変わるはずです。

■15年後に後悔しないために――進路選択のミスマッチはなぜ起きるのか

講演でよく使う「15年」という数字にそこまで必然性はないのですが、ただ、「受験」がゴールじゃない、「就活」もゴールじゃない。30歳を過ぎて社会で働いている時に、後悔しないような学びをしてほしいという思いからです。

高校生の進路選択って、保護者の影響が大きいんです。保護者の方は「仕事に直結する」ということが重要な視点になってしまいがちです。例えば看護学部は人気で、特に娘さんがいる親御さんは勧めたくなるようです。ただ、「親に言われたから」という理由で進学し、「どうしても合わない」と言って中退する学生もいます。看護は人と向き合う仕事で、当然合わない人もいる。親御さんが、本人のために良かれと思って勧めた進路が、必ずしも本人のためになっているとは限りません。仕事に直結する専門職養成の学部って、早いうちから考えておかないと、なかなかミスマッチを防ぐことができない。文理選択の時、「看護師になるから理系です」と選ぶ生徒もいます。3年生になってからでは正直遅いのです。

進路選択の時に「中退」という概念が入ると、結果は違ってくるはずです。「本人が学びたい学部」なのか、「本人が望んでいなくて、中退するかもしれない学部」なのか。両方卒業すると思えば、就職に強い方がいい、となるかもしれませんが、「中退するかも」と考えればどうでしょう?今の時代、ここに進学すれば、一生安泰なんて選択肢はないですよね、ということを保護者の方向けの講演では伝えています。

高校という学校組織の問題もあります。いろんな教職員が学校にはいて、みんなが同じ方向を向いているわけではない。校長先生の方針があいまいな場合もあります。進路指導の権限を持った先生が、国公立大学進学を重視した場合、学校が主催するイベントは国公立大学オンリーになり、私大は見せないし、講演にも呼ばない、となるのです。それが行きすぎると、「地元の私大なんてレベルが低い」「全国の国公立大学に目を向けろ」となる。でも実際は卒業生の大半が地元の私大に行くわけです。それではいたずらに生徒の自尊心を奪う進路指導になってしまう。

■オンラインだからこそできる、新しい試み

「朝日中退予防ネットワーク」で担当する高大接続の分野では、様々な議論や検証に加え、具体的な成功事例をつくることも目指しています。どこかの高校と大学の取り組みを経由した学生が「エース」になるとか、中退率が低いという事例を作ることが出来れば、「うちでも」と手を挙げやすくなるでしょう。「医療系を目指す人のミスマッチを減らす」「スポーツに注力している高校生の進路選択」など、解決策を絞った方が、社会的なインパクトを与えやすいかもしれません。

今はコロナ禍ですから、オンラインならではの発想があってもいい。鹿児島県の種子島の高校で進路講演をした時、先生が「オンラインのおかげで、東京や近畿エリアの大学の情報が入ってきます」と言っていました。種子島は離島なので、普段はオープンキャンパスにもなかなか行けないのですが、コロナで状況が変わった。

3日くらいで終わる大学の医療体験プログラムや、ビジネス体験プログラムが出来ないか。オンライン版の「WEEKDAY CAMPUS VISIT」も考えています。例えば大学のゼミは、元々少人数で対話をします。高校生がオンラインで、インターンシップのように大学のゼミを体験する。ゼミであれば、オンラインで対面と変わらない体験ができるかもしれません。全国どこの高校生でも参加できる機会を作れないか、模索したいと思います。                

                               (了)

■朝日中退予防ネットワーク(http://t.asahi.com/wjm1)





            


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