文を読むこと、書くこと、感じること

誰かの書いた文章を読む、ということがめっちゃくちゃ好き。上手い、下手じゃない。
超そのままのその人の気持ちを乗せた文章ほど魅力的で楽しいものはない。小学生の作文が楽しいのは、みんな素直な気持ちを書いているからなんだよな。着飾ってる文章はつまらない。どっかから借りてきた言葉をよく咀嚼せずに我が物顔で使っている文章もつまらん。でもそれも含めて、あーこの人は今どんな状況なんだろう。なんで今こんなことを嘘ついてまで書くんだろう。その心は?本心とは?この人に嘘つかせている理由はどんなことなんだろう。この人はどんな人生歩んできたんだろう。と推測する作業もまた楽しい。

同じくらい、文章を書くのも好き。言葉ってほんと便利、あってよかった、人間に産まれて言葉を学べて本当によかったー。特に日本語を学べてよかった。超ラッキーだと思っている。母国語だけじゃなく、英語ももっとわかるようになりたい。

宇多田ヒカルって、どんな人生送ったらあんな歌詞書けるんだろうって本当ずっと不思議に思っていた。早熟すぎやしないですか。First LoveはともかくIn My Roomとかtime will tellとか15歳の人生観じゃないですってー。

でも初期に書いた歌詞はほとんどフィクション、想像で書いているらしく、今でこそ実体験の歌詞らしい。しかし想像だとしても、まずあの視点に立っていることがすご。ほんっと天才だよね!

わたしは真夏の通り雨という曲をひっそり一人で聴くのが好きなのですが、本当泣ける。宇多田の母親に向けたリアルな曲すぎて。リスクの歌詞の中で「癒せない傷なんてない、リスクがあるこらこそ戦う事に意味があるのさ」って16歳ぐらいの宇多田が自信満々に歌っているのに対して、真夏の通り雨では最後に「ずっと止まない止まない雨にずっと癒えない癒えない」って繰り返し歌っているのが、あぁ等身大のリアルな気持ちだなぁって痛いくらい感じる。本当にリアル。 

ある人の言葉の奥の奥の本音と言葉が一致しているときって、なんかわかる。言ってる言葉とその人が出している雰囲気、態度、行動が一致している。

ところで、
自分の中で、正直、誠実、の意味合いが昔と変わってきた。
本当に優しい人、の意味も変わってきたなぁ。

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