きっと、これから友達になる女の子
企画概要
「きっと、これから友だちになる女の子。」
高校最後の夏休み
卒業後、僕は東京へ行く。
彼女の幸せを考えるなら。
思いを告げたあの場所で、言うんだ。
という、同タイトル、同書き出しで色んな作家さんが書いたらどんな話になるのか。という企画に参加させていただきました。
きっと、これから友達になる女の子
『高校最後の夏休み
卒業後、僕は東京へ行く。
彼女の幸せを考えるなら。
思いを告げたあの場所で、言うんだ。』
「あ…」
「わ!ごめん!」
ドスンとぶつかった拍子に、白島が持っていた本が床に落ちた。本が開いて、挟まっていた栞が開いたページにはそんな言葉が載っていた。
「ああっ本!ごめん!大丈夫かな」
「大丈夫。気にしないで」
ニコリともせず大丈夫と頷く彼女に、本当に大丈夫かと思いつつも曖昧に頷きかえし、私は教室の入り口で待っている横川の元へ向かった。
横川は一年の頃から付き合っている私の恋人だ。
バスケ部に所属し、それなりに背も高く、愛嬌もあり、話も面白く、顔もなかなかな、平凡を人にしたような私にはちょっと高レベルな彼氏だった。
通学路の途中だからと毎朝迎えに来てくれて、帰りもタイミングが合えば大体待ち合わせて一緒に帰る。喧嘩もした事が無かった。
ここ最近の出来事が無ければ、私はこのまま横川と仲良く一緒に大学を受け、付き合い続けていただろうと思う。
でももう、私にはその気は無い。
どうか自由にして欲しいと思っている。
でも言い出す勇気が無くて、ずるずると今のこの関係を続けている。
「今日は部活無いんだ。この前話した店に寄ってみない?」
「良いね、行こう」
するっと以前と何も変わらない返事をする。
部活でこんな事があった、とか、英語の先生が授業中にこんな曲を流してた、とか、他愛も無い、内容も無い会話が続く。
前から女子バスケ部のメンバーがやって来た。軽く会話を交わして通り過ぎる中に、一人だけ熱を帯びた眼差しがあるのを私は知っていた。
それは私の隣に立つ男もそうだから、ごく僅かな人は気が付いているだろう。
そして二人をよく知るメンバーなら尚の事、直ぐに気がつくものだ。男女のバスケ部の中では私は二人の間を邪魔する魔女か何かなのだろう、たまに受ける視線には好意的な物は無い。
私にではなく横川に言ってくれと思うだけで、私からは何もしない。
だって、私は何も悪く無いのだから。
私が悪く無いのは確かなのだけれど、悪意を向けられるのはあまり気持ちのいい物では無い。
溜め息を吐いてカウンターに身を沈める。
今日の私は図書室で受付の係だったから、帰りが横川と一緒じゃ無い分少しだけ気が楽だった。
「5回目」
隣から聞こえた声に振り向くと、白島が本から顔を上げずに、やはり同じカウンターの内側の席に座っている。
「ええと、私、そんなに溜息ついてた?」
「うん」
「あー…ごめんねうるさくて」
チラリとこちらを見て、白島はまた目線を本へ落とす。
バスケ部の人達はほぼ図書室になんて来ないから私にとっては安らぎの空間だが、係となると一緒の人間がどうしても居る。
白島はあまりこちらに干渉して来ないから過ごしやすいと言えばそうだけれど、多分周り全部に興味がないんじゃ無いかと思えるほどに色々と無反応な子だった。
「私、本棚の整理して来るねぇ」
そう言ってそそくさとその場を離れる。
皆適当に本を置いたりするから、並びがめちゃくちゃになっている事は良くある。それを直していく作業は単純で、頭を空にするのに持ってこいだった。私は暫く本の整理に没頭した。
と、不意に入って来た声に心臓が飛び跳ねた。
「まーた横川先輩と三滝先輩いちゃついてるー」
窓際の席に居たのは、多分女子バスケ部の一年生だ。そして窓の外に見えるのはきっと横川と三滝さんなのだろう。
ひとしきりお喋りして彼等は席をたち、私に気が付かずに図書室を出て行った。
窓に寄って彼等が見ていた方を見てみる。
まだそこには二人が居て、それはかなり密着しているように見えて、とても嬉しそうな笑顔で、二人だけの世界が広がっているように見えた。
私はここで、それをただ眺めている。
自分の彼氏が自分以外の他の女子と、まるで恋人のように近い距離で笑い合っているのに、私の表情はあまり変わらなかった。
だって、知っているから。
横川と付き合い始めた当初から、三滝さんからの視線は私に突き刺さっていたから。
横川は入学して初めての委員会で隣になった男の子だった。
一年の初めの頃は背も低く、どちらかと言えばあまり目立たなかった彼は、委員会で失敗して落ち込んだ私を懸命に慰めてくれて、そこでいっぱい話して、いつしか惹かれあって、付き合い始めた。
その頃から三滝さんは横川の隣に居る私を凄い目で見ていた。同じバスケ部できっとウマがあった相手だったのだろう、告白しようとして、もう既に私というお邪魔虫がいる事に気が付いたんじゃないだろうか。
二年になってから急激に背が伸びた横川は、以前のようなあまり目立たない男子から、バスケ部のスタメン男子に進化した。
横川の態度自体も少しずつ変化した。三滝さんのような綺麗で可愛い一軍女子と対等に話せるようになった事で、いつしか自信もついたのだろう。
徐々に人気も出て、沢山の女の子に告白された。
しかし隣にはあまりにも平々凡々な私が既に居るのだ。横川も悩んだに違いない。
一軍女子らしく、この男は自分と付き合うものだと思っていたらとんだ伏兵が居た、と思うのは勝手なのだが、
「だからといってなぁ…」
あからさまにこういう行動に出るのはどうかと思う。
視線の先で三滝さんが綺麗に笑う。
私には彼女に何か言う気力はない。
ずっとずっと悪意を向けられるのに、もう疲れてしまった。肝心の横川もヘラヘラと嬉しそうに鼻の下を伸ばしているのだ。私が言う事は何も無いのだ。
本棚にもたれかかって、いまだに楽しそうに話し合っているのか何しているのか分からない2人をぼんやりと眺めていると、頭に軽く衝撃が走った。 乗せられているのは本。
先日私が落としてしまった、白島の読んでいた本だ。
「あーごめん」
「仕事放棄?」
「いやぁ…」
口籠る私を訝しく眺めた彼女は、視線を外に向け、納得した顔をした後、ちょっと首を傾げた。
「別れたの?」
別れていない。
でもはっきりとそうとも言えない。別れたく無いという気持ちもまだある。私は別に横川の事を嫌いでは無いのだ。 返事をしないまま俯いた私に、白島の声がスッと入って来る。
「彼女が居るのにああいう事が出来ちゃう男は、今後もいくらでもああするよ」
病気だ、と白島は言う。
知っている。多分そうなのだろう。
今回私が許したからといって、今後一切やめてくれるなんて思わない。
そんな事、知っているのだ。 ごめんという適当な誤魔化しの言葉が聞きたく無いから、という言い訳の上にずるずると付き合っている事実がのしかかって来る。
口先だけでまた同じ事を繰り返すのだ。知っている。分かっている。
でも、多分私はまだ横川が好きで、きっと何処かで期待しているのだ。
期待。
…何を?
「あ」
白島の声に顔をあげると、目線は外だった。
見たく無い。
でも。
「…あーあ…」
「…別れないの?」
「ん…そろそろちゃんと、別れる、かぁ」
呟いた言葉に白島がゆっくりと頷いた。
しっかりと私を見つめてくれるその瞳になんだか安心してしまって、私はちょっとだけ泣いた。白島は突然の事に流石に慌てていたけれど、それでも黙ってそこに居てくれた。
明るかった外も夕日に変わり、私達以外誰も居ない図書室も段々と暗くなっていく。
「ありがとね」
こくりと無表情で頷く白島に、ちょっと笑って伸びをする。
まだ全然友達でも無いけれど、きっとこれからなんだかんだつるむ予感がする。
別れと同時に出会いがあったからプラマイゼロだな、なんて軽く考えが出来るくらいには心が回復していた。
「ねぇ、それ、なんていう本?」
「これ?これは…」
高校最後の夏休みでは無いけれど。
横川の幸せもちっとも考えていないけれど、私の幸せの為に。
ちゃんと言うんだ。
「『きっと、これから友達になる女の子』って本」
きっと、これから友達になる女の子が、珍しく少しだけ笑って教えてくれた。
終わり。
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