Juliana Hatfield Sings Olivia Newton-John
自分が最近とてもはまっているカバーアルバムがある。「Juliana Hatfield Sings Olivia Newton-John」、その名の通り、ジュリアナ・ハットフィールドによるオリビア・ニュートン=ジョンのカバー集である。ジュリアナ・ハットフィールドといえば、前回記事で取り上げたレモンヘッズの「It's A Shame About Ray」にメンバーとして参加し、コーラスで存在感を発揮していて馴染みの深い名前ではあったけれど、ソロ作はこれまで聴いたことがなかった。オリヴィア・ニュートン=ジョンの音楽も自分はほとんど聴いてきておらず、ここに収録されているヒット曲は3つしか知らない。ELOとの共演による「Xanadu」は永遠の輝きを放つ名曲中の名曲だけど、自分はこの曲を完全にジェフ・リン/ELOの文脈でとらえていた。オリヴィアの時代は自分にとってはリアルタイムでもなければ憧れの60年代でもなく、微妙に年上世代の人気ポップス歌手という認識で、自発的な関心が持てなかったのである。それが、このアルバムに出会ってからはぐぐっと自分の中で距離が縮まっている。このカバー集、どうしてこんなに良いのだろう、とずっと考えている。この作品の存在を知り、まず聴いてみたのは自分が知っている3つのヒット曲のうちのひとつ、世界的に一番有名と思われる「Have You Never Been Mellow」(そよ風の誘惑)だった。
この定番中の定番曲に真正面から挑んで、見事にものにしている。何度聴いても素晴らしい。アレンジは原曲を大きく崩すことなく、70年代ポップスのキラキラ感を抑え、ギターのコード弾きを主体としたバンドアレンジになっている。これは小学生時代からよく聴いた曲だったけど、ギターでじゃらーんとコードを弾かれると、何と美しいコード進行の曲だったんだろうかと驚かされる。原曲のイントロのフルートをメロトロンに置き換えているところが渋くて、このカバーの落ち着いた雰囲気を決定づけている。それこそレモンヘッズっぽい、90年代のいわゆるオルタナティブロック色強めなギターポップ風味ながら、ここから感じられるのは、70年代や90年代という時代を飛び越えて原曲のエッセンスを表現しようという意志。ジュリアナ・ハットフィールドは、子供時代から現在に至るまでずっとオリヴィアの大ファンだという。彼女の歌いっぷりからは、オリヴィアに対するキラキラ輝く憧れと、深い敬意が感じられる。それでいて、ただ大きな存在におもねるのではないロック魂も十分に感じる。アレンジも歌も、原曲から離れすぎず、それでいて完コピではなく自分の文脈にうまく落とし込むというのはかなり難しい作業だったと思う。ジュリアナ本人も本作の制作について、大変すぎてもうやめようかと思った、と語っているインタビューを読んだ。頑張って完成させてくれて本当によかった。アルバム全体がこの傾向で貫かれていて、「そよ風の誘惑」が気に入れば本作の全編が大好きになることは間違いない。
色々と書きたいことはあるのだけど、あんまり長々と書くよりも、気に入っている曲の紹介に留めた方がいい気がしてきた。まずは、先述の「Xanadu」。ジェフ・リンによる原曲が素晴らしすぎるのはもちろんだけど、このカバーもひたすら絶品。やはり、原曲のデジタル感を抑えた渋めのアレンジになっている。
自分が知っていた3つ目の曲「Physical」でもこの方針は貫かれていて、あれほどケレン味の強い原曲に対してもあくまで正面突破で果敢に挑み、見事に成功している。同傾向の「Totally Hot」も、かっこいい。
アルバムを聴き込むうちに、2曲目に入っている「Suspended In Time」にじわじわとやられた。今はこれが一番好き。「Xanadu」のサントラ盤に収録されている曲なのだけどELOは絡んでいなくて、オリヴィアの数々のヒット曲を手がけたジョン・ファーラーの作曲。サビの終わり、タイトルのフレーズを歌うところで転調しながらの浮遊感あふれる展開がもう信じられないほど綺麗で、世の中にはまだまだ自分が知らないこんなに美しい音楽が存在するのか、とため息が出てしまう。原曲を聴いてみると少しテンポが遅くて、自分にはこのジュリアナ・ハットフィールド版のアレンジがしっくりくる。これもまた、素晴らしきナイスカバー。それにしても、80年代から活動しているとはとても思えない、みずみずしい歌声を保っているのが本当に凄い。
オリヴィア・ニュートン=ジョンは一昨年(2022年)の8月に癌でこの世を去ってしまい、長年にわたった闘病中には癌治療の啓発活動に積極的に取り組んでいたという。 「Juliana Hatfield Sings Olivia Newton-John」の1枚の売上につき1ドルが、オリヴィアの名前を冠した癌研究センターに寄付されることになっている。2018年にリリースされたCDはAmazonでは今のところ在庫切れになっていて、自分はBandcampでデジタルダウンロードとして購入した。
Juliana Hatfield Sings Olivia Newton-John (Bandcamp)
この作品ではカバーする側とされる側のどちらも大いに再認識させられることになって、トリビュートとしてまさに理想的。これを知るきっかけになったのは、例によって萩原健太さんのブログである。その記事で紹介されていたのはELOのカバー集で、今度はそちらも聴き込んでみたい。
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