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ファンタジーのお手本のような宝物──ポール・ギャリコ『雪のひとひら』

読むたびに美しい姿を変えてくる万華鏡のようなファンタジーです。読んだ時の私たちの心の状態で感動する個所が違ってくる、そんな小説ではないでしょうか。確かに主人公は女性として描かれていますが『女の一生』(モーパッサン)というより、人間というか生命というものの姿を綴っているように思えます。

美しい、雪のひとひら(『ひとひらの雪』は渡辺淳一さんですね)は遙か彼方の空で生まれ、地上へと舞い降りてきます(天使のように?)。でも地上は楽園ばかりではありません。いたずらっ子に捕まり、雪だるまの一部にされたり、溶けた後も(名前はずっと「雪のひとひら」のままですが)水車に巻き込まれたりと さまざまな冒険をすることになります。時に静かな湖で憩いの一時もありますが、もともとは美しい水ですから流れに従い生きていくことになります。でも喜びの時もありました。なによりの喜びは頼りがいがあり、優しくいつも側にいてくれる雨のしずくとの出会いでした。ふたりは家族を持つようになります。でも運命は過酷なものでした。流れに従って進んだ一家は消防士のホーズの中へと入ってしまったのです。必死で消火にあたる消防士のホースから一家は最大の敵、火と戦うことになってしまいます。

かろうじて敵を倒したものの、愛おしい雨のしずくとの別れでした。深手を負った雨のしずくは彼女のもとから去って(死んで)しまうのでした。
雪のひとひらは
「遠い昔にこの身をつくってくれたそのひとにむかって、彼女は問いかけました。「あなたでしょうか、夫を呼びよせられたのは? わたしにはもう二度と合わせていただけないのでしょうか?」」
けれど答えはありませんでした。「風車の帆に風がさやさやと鳴る音ばかり」が返ってきたのです。
傷心の母を子どもたちは精一杯支える約束をします。でも彼女は知っているのです、子どもたちとはいずれ別れがくると。

そしてその日が来ました。別れを告げる子どもたち……。彼女は初めて真の孤独というものを知ることになりました。脳裏に浮かぶ楽しかった日々、辛かったことですら美しい思い出になっていたのです。そして彼女にも最期の時がやってきます。その時、彼女に
「なつかしくもやさしいことば」が届いてきます。
「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さあ、ようこそお帰り」と……。

この声を誰の声だと考えるかでこの物語は大きく表情を変えるような気がします。神、造物主、それとも運命や輪廻を告げる声……。
もしかしたらそれは大いなるもの(それは空であると同時に実でもあるようなもの)に包まれる瞬間の彼女自身の声のようにも思えるのです。

雪のひとひらの体験は誰もが思い当たることがあるものだと思います(これはあれだなというように)。つまり、すべてがリアルであって、でもすべてが私たちに違った世界や意味を感じさせる。ファンタジーのお手本のような宝物だと思います。

書誌:
書 名 雪のひとひら
著 者 ポール・ギャリコ
訳 者 矢川澄子
出版社 新潮社
初 版 2008年12月1日
レビュアー近況:アギーレ監督が解任されました。スポーツ紙では、クルピやレオナルド、ストイコビッチなど、嘗てのJリーグ監督や選手などの名前が挙がっています。セレソン(ブラジル代表)監督やってなければ、ドゥンガ・ジャパンを観てみたい野中でした。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.02.04
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=2872

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