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私たちがいまだに危機の中にあり、新しい道を歩き出さなければならない時に道しるべとなるものがここにある──松井孝典『我関わる、ゆえに我あり』

 とても刺激にみちた一冊です。松井秀典さんは「地球システム」という観点から、地球のいとなみというものを総体としてとらえなおそうとしているのです。それはまた新たな文明論(哲学)の提示でもあるのです。

「現代とは、一三七億年の時空で、宇宙、地球、生命、文明をかたることができる時代です。一三七億年の時空という視点に立つことで、我々が知らない領域がどこにあるのか、我々は何を分かっていないのかを、ようやく知ることができるようになった時代に我々は生きているということです」

 この視点から私たちは何を知ることができるのでしょうか。それは「地球システム」の変貌が教えてくれる危機というものの姿なのです。
「人類は生物圏の円の中にあり、その生物圏は、大気圏、地圏、水圏などとともに、すっぽりと外側の地球システムの円の中に収まっています」
 この「人間圏」は歴史(時間)とともに拡大し、まず「生物圏」から自立し、現在では
「人間圏はさらに拡大を続けます。駆動力に注目すれば、人間圏は地球システムの駆動力をはるかに超えるようになります。そのため、人間圏と地球システムの関係は非常に不安定になります。一方で、地球システムと調和的な人間圏という意味では、地球システムを超えて大きくなることができないため、その内部で何らかの強制的な変化を求められるようになります」
 これが今、私たちが直面している危機のあらわれなのです。(駆動力とは何かは本を読んでみてください)

 この危機に至るまでに「人間圏」はどのように変化してきたのでしょうか。「生物圏」から「人間圏」が離れていくのはどういう必然性があったのか、そのメルクマールとなる、農耕とは何を意味しているのか……。そして「人間圏」にとってのエネルギーの意味合いと「地球システム」にとってのエネルギーの意味の差異も明らかにしています。

 文明論=哲学的な視点ではウィトゲンシュタインの考え方を引きながら「世界」というものが何なのかを宇宙的な視点から解明しています。もちろん「何を分かっていないのか」(ウィトゲンシュタインの言葉でいえば「語り得ぬことに関しては沈黙しなければならない」ということですが)を踏まえながら。けれど松井さんの思索が止まることはありません。
「今、我々は、時空の境界とどのように関わろうとしているのかを問われています。その時空とは一三七億年の時空です。その時空との関わりの中で普遍を探り続けること、すなわち我々とは何かを問い続けることにこそ、我々が存在することの意味なのではないでしょうか」
 そしてこのような答えを見いだすのです
「地球システムは人間圏があろうとなかろうと、天体として固有の変動を繰り返しています。物質循環やエネルギーの流れとはまさに変動そのものです。システムそのものの動的均衡はそのようにして維持されているのです」
 だからこそ
「地球システムと調和した新たな人間圏の「創造」、すなわち新たな文明の創造ということです」
 松井さんはまた、3.11後の私たちへの注意も喚起しています。
「地球システム論的な観点に立てば、太陽光、風力などをエネルギー化するという考え方も、地球システムにおける物質・エネルギー循環をダイレクトに人間圏内部に駆動力として組み入れるという意味では、原子力や他の化石エネルギーと何ら違いはありません。原子力エネルギー分の駆動力を、別のエネルギーで補おうとすることは、人間圏を震災前の元の状態に戻すということです。いわば右肩上がりの人間圏も「復元」です。地球システム論的に見れば、それは実は、地球が最終的に金星化に向かう、すなわち、金星に近づく、ということを意味します。例えば太陽光をより多くりようするということは、地球のアルベドを変えることを意味します。これは物理的には、地球を太陽に近づけることと同じことなのです」
 私たちがいまだに危機の中にあり、新しい道を歩き出さなければならない今、松井さんの思考はその道を照らす大きな光になることは間違いないと思います。

書誌:
書 名 我関わる、ゆえに我あり 地球システム論と文明
著 者 松井孝典 
出版社 集英社
初 版 2012年2月17日
レビュアー近況:東京音羽は一気に秋めいてまいりました。気温もぐっと低く、仕事場の便座の電気を「オン」にしました。季節を……、否、歳を感じました。若干。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.10.23
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3176

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