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私たちの希望のひとつともなったNASA、その前史から将来までを見通した時、そこにはなにが見えるのか──佐藤靖『NASA 宇宙開発の60年』

「多くの人がNASAに人類の夢を見、NASAに輝かしい組織であり続けてほしいと願っている(略)そのような人々の希望と信念が、NASAに対する政治的支持の一つの背景となっているように思われる」
 と本書の終章に佐藤さんは記しています。政治的支持というものを広義にとらえて政治・文化的支持というようにとればその通りだと思います。
 私たちの宇宙というものに対する思い、それは夢であったり、驚異であったり、時に欲望でもあるのですが、それらが消え失せない限りNASA的なものは常に求められていくのではないでしょうか。

 この本はNASA前史でもあるアメリカ陸空海軍のミサイル開発から現在にいたるまでのNASAの歩みを丁寧に追いかけています。アポロ計画、スペースシャトル計画、国際宇宙ステーション計画、無人探査機による宇宙空間・地球観測計画と続けてきたNASAの活動ですが、その展開は波乱に富んだものでした。
 
 軍から独立していたとはいえ、東西冷戦下の時代でもあり、NASAは国防総省の強い影響下にありました。(佐藤さんはこの事情を「国防総省がNASAの計画のユーザーになった」といっています)そのアメリカにひとつのショックが襲いかかります。一九五七年一〇月四日のスプートニク・ショックです。旧ソ連が初めて人工衛星の打ち上げに成功したのです。科学技術の開発でアメリカはソ連に一歩先んじられたのです。これは国威という抽象的な問題だけではありません。冷戦下の科学技術の遅れはそのまま(仮想)敵国の脅威に直結するものだったのです。ここからアメリカの巻き返しが始まります。有人飛行でも遅れをとっていたアメリカは大きなプロジェクトをスタートさせます。それが「アポロ計画」でした。国威発揚(それは脅威の払拭でもあるのですが)もとに議会、行政府、産業界一丸となって推進したアポロ計画は一九六九年一一月の有人月面着陸で実を結ぶことになったのです。

 けれどNASAの苦闘の歴史はここから始まったといえるかもしれません。大きな目標達成の後に、膨れあがったNASAという組織をどうするのか、もちろん宇宙開発・研究というそこにある科学的な意義はなくなったわけではありません。また、冷戦もまだ続いていたのです。その時とられたのがスペースシャトル計画でした。

 このスペースシャトル計画の実施中には旧ソ連の崩壊による東西冷戦の終了という歴史的事件ありました。初期にはアメリカのレーガン大統領の下いわゆるスター・ウオーズ計画も立てられ、NASAという組織の改編を行いながらもスペースシャトル計画を遂行できたのです。その裏では予算の削減等に端を発するNASAと議会、国防総省との激しいつばぜり合いがありました。そのこともありこの計画では初めてアメリカは欧州との国際協力(後に日本も参加しますが)という路線を打ち出したのです。

 またこの計画では痛ましい事故がありました。チャレンジャー号の発射直後の空中分解事故とコロンビア号の大気圏再突入後の空中分解事故です。この事故はNASAに大きな問題を突きつけました。「NASA内部での意思疎通の不全、管理部門のリスクに対する認識の甘さ、リーダーシップの欠如」が事故調査委員会(これはコロンビア号のものです)よって指摘されたのです。

 そして冷戦終結の象徴とも思える国際宇宙ステーション計画の発動。ここではアメリカ国内事情(産業界、学界、行政府等)だけでは処理できない問題をはらんでいました。

 この本はひとつの大きな希望で締めくくっているように思えます。それが宇宙空間・地球観測計画であり、その大きな成果ともいえるハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げです。この望遠鏡の果たした役割はこの本で詳細に記されています。地球上(!)のさまざまな要因に翻弄されたNASAですが、やはり宇宙に夢を抱かせる存在としてNASAは私たちの希望の存在であり続けるのではないかと思わせる本でした。そして、最近では覇権的とも思える中国の宇宙開発計画がありますが、そのような流れに対してNASAはどうするのだろうかともふと考えてしまいました。

書誌:
書 名 NASA 宇宙開発の60年
著 者 佐藤靖
出版社 中央公論新社 
初 版 2014年6月24日
レビュアー近況:知人の店で豆を挽いて貰って来、コーヒーに凝り出した野中。相変わらずカタチから入る質なので、一杯用のドリップポットまで調達。「うむ、円やか」などと悦に入ってるときに限って、業務催促の電話が仕事場に鳴り響きます。ホロ苦。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.10.16
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3152

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