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美しさと強さ、優雅さと堅固さ、日本が世界に誇れる城郭の魅力を知ろう!──萩原さちこ『お城へ行こう!』

 お城のファンというのは結構いるんじゃないでしょうか? 天守閣を見つけるとつい登りたくなったり、お堀を見ると、おまけに水鳥などがいるとつい気分が和やかになったりする人は多いのではないかと思います。(もちろんお堀は防塁ですから中にはいろいろな防御用の仕掛けがしてあったりします)

 萩原さんは小学校2年生の時に松本城に行ったことをきっかけにお城に魅せられたそうです。松本城の登りにくい階段を怪訝に思い、それが戦いのためでもあることを教えられ、あらためてお城の持つ意味に気がついたといいます。そして日本中のお城を訪ね歩いた成果がこの本です。

 北は北海道の五稜郭から南は沖縄の首里城までの代表的な18のお城を選んでその特徴を紹介した第3章からまずは読んだ方がいいかもしれません。城作りの名手といわれた藤堂高虎の築いた宇和島城、同じく名手、加藤清正の築いた熊本城の分析を読むと明日にでもきっと見に行きたくなるでしょう。熊本城の分析で「過剰防衛」ということを上げていますが、確かに西南戦争で西郷軍が落とせなかった名城であることは間違いありません。

 また、ワンダーランドさながらのトラップが仕掛けられた松山城、波瀾万丈の歴史に彩られた会津若松城、世界遺産にもなった美しさを誇る姫路城の文章を読むと、うれしそうにお城巡りをしている萩原さんの姿が目に浮かぶようです。お城への愛情があふれている本だなあと心から感じてしまいます。

 萩原さんのお城への愛情はただ眺めているだけでは、もちろんありません。第2章では日本のお城の歴史や築城方をわかりやすく紹介しています。
 日本のお城は弥生時代に始まります。吉野ヶ里遺跡がお城の発祥です。その後、白村江の戦いで敗れた日本・百済連合軍が唐・新羅連合軍の攻撃に備えて築城したのが太宰府の山城です。
 その後、大和王権の拡大に従って東北地方の柵と呼ばれる防塁が造られました。ここまでがお城の前史とでもいえるのかもしれません。
 山城(楠木正成の赤坂城、千早城が有名です)が出現した南北朝時代を経て戦国時代になって初めて今のお城の原形が姿を現します。そこには一人の天才が必要でした。

「十六世紀の中頃になると、石積みや石垣が一部地域で出現し、お城に取り入れられるようになります。新しい流れも汲みながら、それまでのお城とは姿も概念も違う革命的なお城を発明したのが、織田信長です。信長が一五七六(天正四)年に築城した安土城は、日本で初めての天主(※安土城では天守ではなく天主と表記)と石垣を備えたお城でした。安土城の登場はお城の歴史におけるターニングポイントとなり、やがて日本のお城の常識となっていきます。信長が起こしたお城革命の真髄は、お城の姿を変えたことではなく、存在意義を変えたことにあります」

 それは権力の象徴としてのお城というものでした。家臣団を城内に住まわたことは信長の「中央集権体制の体現」であり、それと同時にお城を「政治的アピールの道具」としてその威容を誇り「実践的かつ象徴的な城」というものを生み出したのです。ここから今の私たちがイメージするお城というものが生まれてきたのです。

 信長が決定的な影響を与えたお城というもの、萩原さんはそこから天守の構造の分析、石垣の作られ方、櫓というものの役割などを図、写真を駆使して紹介しています。もちろん城主はどこで生活をし政務をとっていたかまでをもふくめて。

 優雅で雄壮でさらに堅牢であらねばならないという欲張った(?)ものを追究していた日本のお城、それはヨーロッパ、中国大陸の防塞都市としてのお城とは異なった発展をとげたものでした。その歴史を感じさせるこの本は単なるガイドブックを超えて日本の文化史とでもいえるものになっていると思います。

書誌:
書 名 お城へ行こう!
著 者 萩原さちこ
出版社 岩波書店
初 版 2014年8月20日
レビュアー近況:野中の仕事場、扇風機から小さいヒーターへ選手交代。加湿器もそろそろフル稼働。紅葉も滅多に観に行けないと、こんなコトで季節を感じるしかありません。涙。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.10.15
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3148

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