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「しすぎ」「やりすぎ」をすることなく、もっともっとと追及をするのではなく、無理をせず、自分がある(いる)ということが肝心なのです──辻信一『 「しないこと」リストのすすめ』

 忙しさに追われて自分を見失ったり、自分の時間がなくなっていく思いをしている人は多いのではないでしょうか。もちろん好きこのんで忙しくしているわけではないと思います。でも、時には立ち止まってその忙しさの正体を考えてみることも必要なのではないでしょうか。辻さんはこの本を通じてこのことをいっているのではないかと思います。

 たとえば、私たちにおなじみの〈to do リスト〉ですが、それに追われる日々は本当に幸せなのでしょうか、豊かなのでしょうか。スケジュールで埋まった手帳、それを見て息苦しいと感じることはないでしょうか……。もし少しでもそんな思いが頭をよぎったら、この本を開いてみてください。今の自分がどのような場所にいるのか分かるかもしれません。

 辻さんによれば私たちが直面しているのは……
「「終わりなき経済成長」をテーマとする一大ドラマの結末だ。貪欲を美徳とし、「もっと、もっと」を合言葉に、「より速く、より多くのことをする」ことを競い合う社会の行き着いた場所がここなのだ」

 なぜこのような行き詰まりの社会になってしまったのでしょうか。辻さんはその原因として「過剰」というものを指摘しています。それが私たちを追い立ててきたのです。そしてその「過剰」さの追及が「世界を危機の淵に連れてきたばかりではない。ぼくたちひとりひとりを窮地に追い込んでしまったのだ」と考え、その発想を逆転させようと提案しています。そのひとつがこの本で取り上げた〈to do リスト〉に代わる〈しないことリスト〉なのです。

「ためしに、時間の整理という問題を、空間の整理と比べてみよう。一定の空間の中に、あまりに多くのモノが詰まっていて、もうこれ以上入りきらないという状態を想像してみてほしい。こういう状態のことを英語でクラッターという(略)時間整理では、一定の時間にどれだけ多くの「すること」を減らして、心地よく「いる」時間をつくり出すか、が重要だ」

 そのために必要なのが「引き算の発想」です。あれをやろう、次はこれを……と繰り返す足し算の発想から自分たちを解放して、少しずつ「しないこと」を増やしていこうと……。それは身近なことからでいいのです。
 たとえばそれは、「絶対といわない」であったり、「寝る間を惜しまない」「食事に仕事を持ち込まない」「駆け込み乗車をしない」(これは永六輔さんからおそわったそうです)、そういうものなのです。でも、いままでの発想だと、これは〈時間のムダ〉ではないかと考えがちです。そう思ったとしたら私たちは、もう「過剰の落とし穴」に落ちているのかもしれません。

〈to do リスト〉の反対は〈not to do リスト〉ではありません。それは〈to be リスト〉なのではないでしょうか。
 そういえば小田島雄志さんはシェイクスピアの『ハムレット』の名台詞「To be, or not to be, that is the question.」を「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」と訳していました。
 それにならっていえば〈to do リスト〉の反対は〈「過剰さにとらわれない」このままでいいリスト〉なのかもしれません。「しすぎ」「やりすぎ」をすることなく、もっともっとと追及をするのではなく、無理をせず、自分がある(いる)ということが肝心なのでしょう。

 経済成長第一主義は分配が公正に行われない限り必ず格差を拡大していきます。成長という言葉はどんどん(悪い意味で)神話化してきているのではないでしょうか。辻さんによればその「物語(神話)」には終わりが来ているのです。
「「より速く、より多く」というこれまでの物語に終わりが来るのを止めることはできないし、ハッピーエンドにすることもできないらしい。でも失望しないでほしい。まだ、道がすべて閉ざされたわけではないのだから。終わろうとしている古い物語に代わる新しい物語をつくるという道が残されている」
 そして、また
「二〇一一年の東日本大震災のこと。そして、今も福島第一原発事故現場で続いている一触触発の危機と、放射能汚染による健康被害のことです。(略)あの三月一一日、日本の新しい時代が始まったのだとぼくは思っています」
 このような現在に私たちは立っているのです。時には立ち止まって、ゆっくりとまわりを(それは世界であったり家族であったりするのでしょう)見回すことが必要なのかもしれません。(本書中の「しないこと」名言集もなかなか味わい深いものがありました)

書誌:
書 名 「しないこと」リストのすすめ 人生を豊かにする引き算の発想
著 者 辻信一
出版社 ポプラ社 
初 版 2014年9月1日
レビュアー近況:高倉健さんがお亡くなりになりました。野中は『幸せの黄色いハンカチ』以降の出演作が好きで、『夜叉』『駅 STATION』など、CSでやってると毎度観てしまいます。両作共80年代バブル直前の作。浮ついた空気の中、朴訥と語り演じられたのが、余計映えたのかもしれません。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.11.19
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3254

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