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地方文化の粋は「ものの言い方」の中にある。もう一度、日本のさまざまな声に耳を傾けてみませんか──小林隆・澤村美幸『ものの言いかた西東』

 たった2音で会話が成り立つ!? それは
「け」
「く」
 です。前者は「食え」で後者は「食う」だというのですが……。
「これについて、筆者(小林さん、澤村さん)は最初、大いに脚色された話だと信じていた。しかし(略)東北人の話し振りを観察してみると、あながちウソとは言えない気がしてきた」
 この本は言葉(単語)の違い、イントネーションの違いといったように考えられてきた〈方言〉というものを「ものの言いかた」にまで拡張し、地域による〈発想法〉の違いを追究した日本文化論です。

 小林さんたちは地方別の会話の型・仕方の収拾・調査を基に、日本人の〈言語的発想法〉を以下の7種のものと考えました。(この「言語的発想法とは、物事をいかに言葉で表現するかという人々の考え方のことで、言葉と向き合う話し手の姿勢」のことをいいます)
1.発言性:あることを口に出していう、言葉で何かを伝えるという発想法。西日本で強い。
2.定型性:場面に応じて、一定の決まった言い方をするという発想法。中央部で強い。
3.分析性:場面を細かく分割し、それぞれ専用の形式を用意するという発想法。西日本の特徴。
4.加工性:直接的な言い方を避け、手を加えた間接的な表現を使うという発想法。西日本・中央で強い。
5.客観性:主観的に話さず、感情を抑制して客観的に話すという発想法。西日本、特に近畿で強い。
6.配慮性:相手への気遣い、つまり、配慮を言葉によって表現するという発想法。西日本で強い。
7.演出性:話の進行に気を配り、会話を演出しようという発想法。近畿に顕著。
(この分析に使われた生きた会話例はとてもおもしろく、すべてを紹介したいくらいです)
 この分析について小林さんたちは
「近畿と東北の違いがはっきりと浮かび上がっている。どの発想法においても近畿は発達が著しく、東北は未発達の状態にある(略)。(ここで言う「発達」「未発達」が価値の優劣ではないことは、一言断っておこう)」
 という結論を導き出し、さらに日本をこのように分類していきます。
・発達地域   近畿地方
・準発達地域  西日本(九州を除く)、関東地方(特に東京)
・準未発達地域 東日本(東北を除く)、九州・沖縄地方
・未発達地域  東北地方

 ではこのような違いはなぜ生まれたのでしょうか。ここから小林さんたちは日本の社会経済史、文化史の探究へと進んでいきます。網野善彦さんの研究なども踏まえながら、社会と言語活動の関係モデルを導きだします。それが
「社会環境→言語環境→言語態度(言語的発想法)→言語活動(ものの言い方)」
 というものでした。この「言語環境とはコミュニケーションのあり方」を意味します。
「社会組織の性格は、コミュニケーションの特徴を通じて、言語的発想法のあり方に影響を与えた可能性が高いことがわかる。民主的で社会的地位の可変性をもつ「年齢階梯型」「宮座組織(講組社会)」社会は、近畿を中心とした西日本に展開している。その様子は、言語的発想法が、やはり近畿を中心に西日本に発達していることとうまく呼応するのである」
 と、言語発想法の特徴を書く地域の歴史を考察しながら読み解いていきます。この本でもしばしばとりあげられている谷崎潤一郎さんの東京・関西比較もこの特徴を言っているように思えます。

 では言語的発想法は一方向へ(未発達から発達へ)と向かうものなのでしょうか。〈近畿的なもの〉に向かうものなのでしょうか。決してそうではありません。そこには小林さんたちは留保をつけています。その大きな一つは東北地方の言葉に見られる豊かなオノマトペと感動詞の存在です。
「東北方言は、身体化された言語という性格が強く、現場的リアリティを重視するという性質ももつ。そして、そうした特質が、実際の言語においては、オノマトペと感動詞の発達となって姿を現している。これは、「加工化」や「客観化」とは逆方向への変化であり、本書が描いた言語的発想法の発達の方向性とは相容れないものである。しかし、こうしたオノマトペや感動詞の隆盛が能動的に作り出されたものだとすれば、そこには中央や西日本とは異なる、東北人なりのものの言い方の志向が強く働いたとみるべきだろう」

 言葉は決して一方向へ進むというものではありません。言葉が生きているということは、今現在の変化をいうだけではありません。言葉がここまでに担ってきた文化の歴史の総体もまた言葉が生きているということの基底にあるのではないでしょうか。

「ものの言い方のシステムは、機械に喩えれば発話装置のようなものである。言語的発想法の発達は、この装置のレベルアップを意味する。回路を複雑に張り巡らし、たくさんのプログラムを稼働させることで、高度なものの言い方を生み出していく。しかし、それは
裏から見れば、真の自己を押さえつけることになる。生の自分を素直に表現することを制限することと言ってもよい。装置化されていない東北方言は、この点、ありのままの自分をさらけ出すことに勝っている」

 発達・未発達という言葉は、小林さんたちが言うように何らかの価値をあらわしているわけではありません。
「一つの価値観や基準でものの言い方を強引に変えていこうとすれば、それは地域文化の衰弱につながることは確かである」
 日本中が東京一極集中化していくなかで(もちろん大阪や京都のように独自の言語文化を持ち続ける地域もありますが)もう一度、「ものの言い方」の中に含まれている地方の文化の意味合いをつかみ直すことが必要なのではないでしょうか。それはまた、文化の多様性を生かし続けることにつながると思うのです。

書誌:
書 名 ものの言いかた西東
著 者 小林隆・澤村美幸  
出版社 岩波書店
初 版 2014年8月20日
レビュアー近況:新OSでのデータ納品に昨晩来悪戦苦闘の野中。こうやって新しい技術を覚えたトコロで、また新しいモンがの繰り返し。デザイン稼業、体力は勿論、忍耐力も問われ、惑いっぱなしデス。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.10.29
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3196


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