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夜中にふと目覚めた時に感じるなにかの気配のように、すぐれた童話の言葉は私たちの心の奥にそっと棲みつくのです──ジャンニ・ロダーリ『兵士のハーモニカ』

 とても多面的な世界を私たちに見せてくれるロダーリさんの作品です。心に残る言葉がたくさんあります。
 たとえば
「おそらくそれは、アウレリオ王子が生まれてはじめて使った「考える」という言葉でした。もしかすると、いまさっき流した大量の涙が王子の脳を洗ってくれたのかもしれません。あるいは、深い悲しみと愛が、これまでの〈頭の悪い王子〉というあだながぴったりだっためんどうくさがりの王子に、新たな人生のページをひらかせたのかもしれません」(「頭の悪い王子」)

「無知な人間にとっての最高の罰は、自分こそだれよりも知識が豊富で優秀であると、思いこませておくことだ。そうすれば、いつまでも無知からのがれられないのだから」(「皇帝のギター」)

「自分の力でこの世の中をよりよくできると知っている者は、つかれたなどと言う権利はないのです。あきらめることもできません。そう、あなたもわたしも……」(兵士のハーモニカ」)

「よく考えてみれば、たしかに鏡なんてなんの役にも立たないのかもしれません。わたしたちが感じのいい、すてきな人かどうかは、目をとじて、自分の心と頭にたずねさえすれば、それでじゅうぶんわかるはずですものね」(「鏡からとびだした歯医者さん」)

「だれもがテレビを見ることにすっかりなじんでしまっていたので、戴冠式のパレードをその場で直接見たら、まるで偽物のように思えたことでしょう。テレビ画面で見てこそ、「本物」の戴冠式だったのです。そうとわかると、レオ十世は右や左に会釈をし、笑顔をふりまきはじめました。いっぽう、なにもわかっていないレオニダ公は、そんなレオ十世を見て、ひとり言をつぶやきました。「かわいそうに……。ショックのあまり、頭がおかしくなってしまったようだ。石や車止めにまであいさつしてるぞ……」)(「レオ十四世の戴冠式」)

 ここには現代文明への批判もうかがえますが、その批判さえとても優しく、けれど芯のある言葉になっています。

「頭の悪い王子」ではアウレリオ王子が、自分と同じように魔女にとらわれの身になったお姫さまローザの話を聞いて「クルミのような大粒の涙」を流します。そして「考える」ことを知った王子は、彼女を救おうと必死に考え、魔女ベルサンテと対決します。魔法全書を駆使して王子たちを苦しめるベルサンテでしたが、この魔法全書という武器を失い、二人を逃がしてしまいます。それどころか魔法の力もなくしてしまったのです。この物語をロダーリさんはこう締めくくります。
「たとえむかしは意地悪な魔法使いだったとしても、いたわるべき老人であることにはかわりないのですから」
 こんなところにロダーリさんの優しさを感じてしまいます。そしてヒューマニティあふれる心も……。

 このロダーリさんのヒューマニティは「アレグラ姫」ではひときわ強く描かれています。陽気なという意味の言葉アレグロから名付けられた王女の結婚を題材にしたこの短編は(どこか日本の昔話のように思える求婚譚ですが)人間の愚かさをも知った上でのヒューマニティの姿を描いているように思えます。

 さらに人間の愚かさで言えば「ミダス王と盗賊フィロン」、手に触れるものすべてを筋に変えてしまうギリシャ神話の王ミダスのロダーリ版ですが、ここには人間の愚かさを包み込むようなウィットを感じます。このウイットはどこかテレビの映像の方にこそ現実味があると言っているような「レオ十四世の戴冠式」にも通じるものです。

 時折、夜中にふと目覚めた時に感じるなにかの気配のように、すぐれた童話の言葉は私たちの心の奥にそっと棲みつくのではないでしょうか。ロダーリさんのこの物語はそのようなもののひとつであるように思えるのです。

書誌:
書 名 兵士のハーモニカ ロダーリ童話集
著 者 ジャンニ・ロダーリ
訳 者 関口英子
絵   伊津野果地 
出版社 岩波書店 
初 版 2012年4月27日
レビュアー近況:ふくほんレビュアーの堀田純司さん企画の『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』(角川書店)が、本日発売されました。『ガンダムUC』原作の福井晴敏さん協力の下、野中も装丁・デザインでお手伝いさせて戴きました。是非!

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.12.26
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3354

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