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判断をしないですむという安易な判断停止・思考停止をメディアにもたらす自己規制という罠……──森達也『放送禁止歌』

 一九九九年五月二三日午前三時過ぎに1本のTVドキュメントが放送されました。著者の森さんが制作した『放送禁止歌~唄っているのは誰? 規制するのは誰?』です。放送禁止歌を放送するというなんとも奇妙な番組はどうやって誕生したのしょうか。この本はTVディレクターとしてこのテーマに取り組み、放送へといたった道のりと放送後の反応までをふくめてまとめ上げたノンフィクションです。

 ところで「放送禁止歌」とはどのようなものをさすのでしょうか。
「「放送禁止歌」という呼称は実は性格ではない。正しくは「要注意歌謡曲」だ。民放連が一九五九年に発足させた「要注意歌謡曲指定制度」なるシステムが、放送禁止歌が存在する制度的根拠であり、規制の実体だ。ところがこのシステムの趣旨は、あくまでもそれぞれの放送局が、独自に放送するかしないかを判断する際のガイドラインでしかない」
 しかも
「「要注意歌謡曲指定制度」は、一九八三年度版を最後に消滅していた。効力は五年間と表記されているから正確には一九八八年(略)にその機能を完全に失っていたことになる。」

 つまり森さんが「放送禁止歌を放送する」という企画を立ち上げた一九九八年(構想はその五年前だそうですが)には実はそのような「放送禁止歌」というものはどこにもなかったのです。ところが、森さんが取材を始めたころでさえ

 ではどのような歌が放送禁止歌とされていたのでしょうか。性表現が問題になって禁止になったものは数多くありました。いまでもそのような表現のものは放送されていないでしょう。
 けれどそれだけではありません、森さんが取り上げた『竹田の子守唄』(赤い鳥)、『手紙』(岡林信康さん)、『イムジン河』(ザ・フォーク・クルセダーズ)、それに『悲惨な戦い』(なぎら健壱さん)などの歌も禁止歌とされていました。森さんによれば、あの「丸山(美輪)明宏が歌った『ヨイトマケの唄』は、歌詞に「土方」という言葉があったために放送の表舞台から姿を消した」そうです。NHKでの美輪さんの熱唱を忘れられない人も多いと思います。あの歌も一時は放送されなかった時期があったのです。

 なぜそのようなことが起きたのでしょうか。問題にした人がいたのでしょうか。どこかから抗議のようなことがあったのでしょうか。森さんは真相(!?)をもとめて当事者へのインタビューを続けます。歌い手であった高田渡さん、山平和彦さん、なぎら健壱さんたちだけでなく、テレビ局、民放連、部落解放同盟など数多い人たちへの取材活動を行います。けれど、どこからのクレームも抗議も一切ありませんでした。

 そこにあったのは〈自主規制〉という名の放送禁止という処置でした。
「「要注意歌謡曲」という控えめな呼称が、いつのまにか「放送禁止歌:という有無をも言わせない呼称にすりかわっている事実が端的に物語るように、何かがどこかで、いつのまにか変質していた

「自主判断をするための一つの目安」でしかなかったものが、無用な(!)トラブルが起きるのを恐れたのでしょう、そのような懸念が先行したのだと思います。けれどそれは当事者として判断をしないですむという安易な判断停止・思考停止をもメディアにもたらしたのです。

 このようなことはインターネットが普及した現在では起こらないのでしょうか。決してそうではないと思います。確かに〈自主規制〉というものはSNSの発展の中で減ってきているのではないかと思います。けれど、自分で考え、判断するということが本当に根付いているのといえるかどうかは別問題だと思います。SNSというもっと巨大な〈空気〉にのまれ自主的な〈付和雷同〉のようなことが起こっていないとは誰も言えないと思います。

 かつて山本七平さんは『「空気」の研究』の中で、日本人は場の空気を重要視することを大事だとして、その空気を読むことを行動原理としがちであり、それが時に判断をゆがめ誤らせることにつながると指摘していました。〈自主規制〉もまたそのような日本人特有の〈空気〉のが生んだものなのかもしれません。私たちはそこから本当に自由になっているのでしょうか。確かに「放送禁止歌」というものはなくなった(なくなってきている)のかもしれません。けれどそれを生んだ風土はまだ残っているように思う時があります。
 実際に、自主規制を強いるようなことがこの間の選挙にもありました。とても残念なことだと思いますが、この本が私たちに教えてくれることはとても多いのではないでしょうか。そう思わせた一冊でした。(中国や北朝鮮のように国益(!)に反すると判断されたものは国家が容赦なく報道(表現・放送)を封じています。もっとも特定秘密保護法が濫用されると日本でもそのようなことがおこりえないとは限りませんが……)

書誌:
書 名 放送禁止歌 
著 者 森達也
出版社 光文社
初 版 2003年6月15日
レビュアー近況:自宅の家電、経年劣化による故障が続いているのですが、安く購入した海外メーカー品の殆どは受付すらしてくれず、「新しいの買え。安いんだから」の対応一点張り。舶来ヒゲトリマーは充電池も刃も換装できず、乾電池駆動、替刃OKの国内メーカー品をネットで安く。なんか勿体無い気持ちで一杯ですが、買うときに気を付けないとイカンですね。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.12.19
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3336

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