歴史家というより優れたジャーナリストの手法を生かして日本を正面から捉え直そうとした日本論です──デイヴィッド・ピリング『日本─喪失と再起の物語』
日本人は日本論が好きだとはよく聞かれる物言いですが、それはとりもなおさず近代日本の成立、戦後日本の復興の姿には、必ずやどこかに日本独自の発展史があるように思える(信じようとしている?)からでしょう。確かに明治維新の特異性はさまざに論議され、やれ絶対王政だ、ポナパルティズム(ナポレオンですね)だ、いや半封建制だといろんな議論がかつてはありました。
もちろんそんな論議はいつも後知恵のように思えたり、かつてイデオロギーなどというものが全盛の時にはそれに振り回されて日本史が論者のご都合によって語られていました。そしておいてきぼりされていたのは庶民の実態だったのです。庶民(この本では市民)の実感と違ったところで日本なるものが語れてきたことも多かったのではないでしょうか。民俗学が語ってきた(集めてきた)歴史がどれほど重要であるかは言うまでもありません。
この本は決して日本特異論に偏することなく、またいたずらに普遍的な歴史観に日本の姿を当てはめることもなく日本を語ることに成功しています。
それは章ごとにキーパーソンを選んで記述しているからなのではないでしょうか。有名人から無名人まで、実に多くの人びとをできうる限り自ら取材しインタビューしている構成がこの本の日本観をとても説得力のあるものにしていると思います。(もちろん福澤諭吉のような歴史上の人もとりあげています)
登場する人たちは、東日本大震災の津波にあった人、緒方四十郎元日銀総裁、小泉純一郎元首相、村上春樹、また古市典寿、東条英機元首相の孫、さらにイラクでの人質事件の当事者などとても幅広いインタビュー(時には討論になっていたりします)がこの本の奥行きを作っているように感じました。とりわけ村上春樹さんはたびたび登場し、村上さんのいう「1995年が日本の分水嶺」ということを実証している本になっているように思います。
「日本という国は大将の出来は悪いが兵隊は優秀だ」(緒方四十郎さんの言葉だそうです)以前から日本は経済は一流だけれど政治は三流と言われていたことにもどこか通じる緒方さんの言葉に思えます。それが著者のいう「喪失からの再起」を繰り返してきた近代日本の原動力であり、日本の謎の一つでもあったのではないでしょうか。もちろん政治が三流のままでいいわけではありません。けれど「エンターテイナーとしての真骨頂を発揮した」小泉純一郎元首相が一流の政治家であったのかはまだまだ論が定まっていないと思います。また、安倍首相についてもピリングさんは公平にその姿、政策を追っているのではないかと思います。(この2人の比較論はとてもおもしろく、うなずくことしきりだと思います)
この本は、日本学者ではなく、日本愛好家(?)でもなく、優れたジャーナリストが現在の日本を正面から捉え直そうとしたものとして読み継がれていくのではないかと思います。現在を知るためにこそ過去の日本の姿を追っているピリングさんは歴史家が綴るものとはひと味もふた味も違う日本史を書いたといえるかもしれません。日本の現代がいかに作られてきたのかを知る一冊だと思います。
書誌:
書 名 日本─喪失と再起の物語 黒船、敗戦、そして3・11
著 者 デイヴィッド・ピリング
訳 者 仲達志
出版社 早川書房
初 版 2014年10月25日
レビュアー近況:東京でも吉本新喜劇の中継をやっている地上波がありますが、野中は今、すっちー(須知裕雅)に、今更えらハマりです。飴ちゃん投げながら舞台に登場していた漫才コンビ「ビッキーズ」時代も好きでしたが、大阪毎日放送「歌ねた王2013」優勝を経て、新喜劇座長就任。辻本茂雄とのツートップは、嘗ての間寛平(おじいちゃん役)と木村進(おばちゃん役)の新喜劇黄金時代を彷彿させてくれます。
[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.01.29
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=2681
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