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吉田調書を読むにはこの本のことを知ってからです!──門田隆将『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』


「待っている作業員の前で、“なんで俺がここに来たとおもってるんだ!”って怒鳴ったんです」
 という現場での、そしてテレビ会議での菅直人元首相の声、
「「撤退したら、東電は百パーセントつぶれる、逃げてみたって逃げきれないぞ!」(略)この菅の言葉から、福島第一原発の緊対室の空気が変わった。(なに言ってんだ、こいつ)これまで生と死をかけてプラントと格闘してきた人間は、言うまでもなく吉田と共に最後まで現場に残ることを心に決めている。その面々に、「逃げてみたって逃げきれないぞ!」と一国の総理が言い放ったのである」
「「六十になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ! 俺も行く。社長も会長も覚悟を決めてやれ!」(略)「撤退したら東電は百パーセントつぶれる!」」

「チェルノブイリ×10」以上の被害を予測し、それをさけるべく全身全霊を込めて活動している人たちへの言葉としてはあまりに無神経としかいいようのない菅直人元首相の発言だと今でも思わざるをえません。門田さんは公平であろうとしたのでしょう、この菅さんの発言の真意(!)を事故後に菅さん自身へのインタビューで聞き出し、この本の中に記しています。ですがそれがやはり弁明としか思えないのです。
「(なに言ってやがる、このバカ野郎)吉田はそう言いたかったのかもしれない。東工大の先輩でもある総理に対して、現地で死を覚悟した吉田自身も、空虚感と怒りを覚えていた」
 
 門田さんは、あの時、あの場所でなにが起き、誰がなにを試みたのか、そしてついには吉田さんに「自分と一緒に死んでくれる人間の顔を思い浮かべる」までにいたったことを
克明に記録しています。この本はこの吉田所長を中心とした福島原発所員の、また自衛隊の、消防を中心とした地元の人たちによって、最悪の事態を避けることができたのかを綴ったノンフィクションです。そこには門田さんがいうように日本人の美徳でもある献身的な行為というのがあったのは確かです。それらがあったからこそ最悪の事態は避けられたのです。

 でも、なぜそのようなことが起こったのか……。門田さんがいうように
「そこには行政や産業界に蔓延していた「テロあるいは紛争が原発にもたらすであろう「全電源喪失」「冷却不能」という事態を」少しでも考慮に入れていたなら……と私は残念でならない」
 というように避けられた、あるいは事故が避けられないとしてもまだ対処のしようがあった可能性を否定することはできないと思います。

 さして根拠のない〈安心〉に包まれていた日本、〈安全〉の追求に想定外というものはない、いつでも危険は予測できないものであるということをあらためて心する必要があると思います。

 この本は福島原発事故を知るうえで必読のものだと思います。吉田調書を、その時、吉田さんが感じていたものを心しながら読むうえでもこの本は私たちに必要なものなのだと思います。

書誌:
書 名 死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
著 者 門田隆将 
出版社 PHP研究所
初 版 2012年12月4日
レビュアー近況:朝日新聞社長会見を受け、急遽レビューを配信しました。真実を追及する一つの判断として、受け止めて頂ければ幸いです。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.09.11
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3054

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