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靖国、それは日本固有の不可思議さと矛盾を明らかにしている──原武史『知の訓練』

『可視化された帝国──近代日本の行幸啓』『皇居前広場』『〈出雲〉という思想──近代日本の抹殺された神々』などの著書でもうかがえるように原さんはいつもユニークな視点で現在の日本がどのような構造(歴史をふくめて)の中にあるのかを私たちに教えてくれます。なにより、この本は原さんの研究をコンパクトにまとめた総集編のように思いました。しかも、学生への講義録をもとにしているためもあり、わかりやすく(学生とのやりとりも興味深いものです)ていねいに原さんの日本(政治)論が語られています。

 天皇すら時間の制約化にあったという指摘は、暦を作るのが権力としての力の源泉だと思いこんでいたこちらのふいをつかれたような気がしました。
「確かに誰かがスケジュールを作っていることは間違いないが、いったん作られてしまうと、その誰かの手を離れて、時間そのものが支配者となる」
 この支配者の元では天皇ですら従わざるをえなかったのです。これは原さんも言っているようにとても奇妙な現象だと思います。日本では独裁者というものがどのように存在するのかその概念を再考しなければならないのかもしれません。このあたりは太平洋戦争中の軍部(東条英機に代表される)独裁というものが特殊日本のものなのかもしれないと私たちに考えさせる糸口になるのではないでしょうか。

 この本でもっとも惹かれたのは「神道」について講義した3つの章でした。特に「顕」「幽」の部分です。平田篤胤の説を紹介しながら、原さんは「伊勢神宮vs.出雲大社」という興味深い問題を提起しています。かつて井沢元彦さんも古代における出雲大社(出雲太郎)の重要性を指摘していましたが、原さんはその重要性に新たな光をあてたのだと思います。

「伊勢神宮vs.出雲大社」の詳細はお読みになっていただきたいのですが「顕」の「伊勢神宮」vs.「幽」の「出雲大社」の争いは古代の国譲りの神話までさかのぼります。
「顕の世界」をアマテラスに譲り、「幽の世界」の支配者となったオオクニヌシ、ここで重要なのは「死後の世界」(幽冥界)には〈審判〉が待ち受け、この〈審判〉は何人も(天皇も!)逃れることはできないということなのです。それは、同時に「出雲大社」を優位にすることは、近代天皇制の統治権(正当権)を揺るがすことにもなりかねないといことを意味していたのです。明治になって起きた「祭神論争」がこの「伊勢神宮vs.出雲大社」の争いでした。論争自体は明治天皇の勅裁によって伊勢神宮が優位とされたのですがそこからある〈逆説〉が生じたのです。それは
「神道を国教(国の宗教)にするのはまずい、という話です。神道を宗教化しようとすると、かならずオオクニヌシと幽冥界があらわれる。そうなると、天皇もその支配下にはいってしまうことになる」
 というものでした。(その意味では高円宮典子さまと出雲大社の千家国麿さんとの婚約内定というのもなにか神話的なものを感じさせたりもします)

 ここで靖国神社の特異性が姿を現します。
「亡くなった人をまとめて神としてまつるなんていう習慣は、日本文化にはなかったものです」
 このように幽冥界(死)を避けたはずの日本であるにもかかわらず靖国神社があるのはなぜか。英霊とはなにかという問いがここから始まります。
「本来悲しむべき出来事である“死”が、英霊としてまつられることでその意味が逆転してしまう。死が栄光へと変わる。死が美化され顕彰されることで、それが国民を戦争へと向かわせる大きなモチベーションにも繋がっていくわけです」
 その上でさらに「死の元での平等」(死者は皆平等に英霊になるわけですから)ということも起きてきます。

靖国神社はA級戦犯の合祀によってさらに複雑な要素をはらむようになりました。合祀後、昭和天皇は靖国参拝をやめることにまでなりました。 
「亡くなった人をまとめて神としてまつる」というもともと無かったはずの習慣の上にさらに加わったA級戦犯の合祀、それは戦後日本の出発であったサンフランシスコ体制を覆すものでもありました。原さんによれば、それは靖国神社が合祀によってその体制に否を突きつけたということを意味するのです。

 死の平等に加えてこの合祀によって、原さんのいう
「神社というよりも、陸海軍が解体された戦後に唯一残された軍事施設と見なしたほうがよい」
 という「靖国神社」が完成したのではないでしょうか。

 この本はもちろんこの宗教と政治をめぐる研究だけではありません。空間、天皇をも従わせる時間、都市、女性をめぐって興味深いことがらが語られています。それらの事柄は祭政一致でもなく、かといって政教分離でもなく、なにか祭政混在とでもいうしかない日本の政治の特殊なあり方を私たちに示しているのです。この本にまとめられた部分はまだ前半で続きがあると原さんは書いています。この本を読んだ人はきっと心待ちすること間違いなしだと思いました。

書誌:
書 名 知の訓練 日本にとって政治とは何か
著 者 原武史
出版社 新潮社
初 版 2014年7月20日
レビュアー近況:Appleの新商品・サービス発表がありました。Apple Payの注目も高いですが、Apple Watchの惹きが断然ですね。ワークアウト時、iPhone腕に巻いてる野中ですが、身体とは裏腹、少しスリムにランに出掛けられそうです。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.09.10 http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3046

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