見出し画像

書物はどのようにして私たちのもとへ届くのでしょうか。そして書物には歴史の影が刻まれていることもあるのです──和田敦彦『読書の歴史を問う』

 読書というと、何を読むか、どう読むかということについて語られることが多いと思いますが、この本はそのような読書論とは一線を画すものです。和田さんは「読書のプロセス」を「書物が移動して読者にたどりつくプロセス」と「書物を読者が理解するプロセス」のふたつにわけ分析しています。

「書物が移動して読者にたどりつくプロセス」は普通、流通や教育の問題として読書とは別次元のものとして考えがちです。けれど確かに「書物は最初から読者の目の前にあるわけではない。(略)そしてたどりつく経路の変化や拡大は、読者を作り替えていく大きな要因となる」のだと思います。東海道線が開通された当初、起点から終点まで22時間もの時間がかかる状態では現在以上に書物(特に雑誌や新聞)の享受のされ方に大きな違いを生むでしょうし、中央との距離のためかえって、地方独自の新聞や雑誌を中心とした読書文化を育んだといえるかもしれません。
 
 このような書物(新聞)のありようの中で教科書が書物の流通に大きな影響を与えることになります。1904年に国定教科書の販売が法改正によってともない事業の統一化がはかられました。これが
「全国同時期に、大量の書籍を安定的に供給するネットワークが生まれていくうえで、地方の各書店を組織的につなぐ教科書の販売、流通が果たした役割は大きい。このネットワークは、教科書のみならず通常の書物流通の流れをものだった」
 のです。ではこれで書物の流通は安定したのでしょうか。占領下沖縄に触れて和田さんはこのように記しています。
「日本の書物の流通は、戦後といえどもけっして均一なものではない。沖縄への書物流通は、読者を国家や国民という形で一律にくくって論じることの危うさを私たちに示してくれる。ただ、占領期の沖縄への図書の流通が示してくれるのはそればかりではない。読ませるべき書物と読もうとする書物、あるいは読むことの書物とが、政治的な思惑や状況を背景としてぶつかりあう地点でもあったことがそこからは見えてくる。書物が読者にたどりつく流れをとらえることは、同時にその流れを制限し、統制する力や、そうした力と対峙し、あるいは別の流れを創り出してきた歴史を明かしていくことにもなろう」

 流れを制限する力として代表的なものは検閲ということだと思います。もちろん戦前だけでなく戦後の(占領下)ものも含みます。ある意味では戦前のものの方が伏せ字や出版禁止等によって検閲対象がはっきりしていたといえるかもしれません。占領期では変更箇所がはっきりわからないように指導されていました。占領期の検閲が「一方で報道や表現の自由を推し進め、その一方で表現の統制を行う」という矛盾したものであったからなのです。この検閲の歴史を調べることはメディアのありようを知るうえでも大切なことなのではないでしょうか。

「物理的な書物と、デジタル化されたその書物とは、どれほど同じように見えても、もはや同一の書物ではない。その書物は新たな読者とのつながり方、接点を持ち、場合によっては新たな読み方や意味を全く別種の書物といってもよい」
 その中で私たちに求められているものはメディア・リテラシーというものなのです。ある学生がデジタルライブラリーの中で目的の文献にたどり着けなかったことに触れて和田さんはインターフェイスの問題を取り上げています。
「インターフェイス上の(略)「位置」は次にこれをという「価値」と取り違えられる危険性がある。商用の検索サイトでは、一番上、あるいは一ページ目に表示されたものを利用者が選んでしまう傾向性が生まれるが、こうしたディスプレイ・バイアスの一種とも言えよう」
 ということに直面しがちなのです。すべてのものが電子化されていない以上、まずそこ(データベース上)には何があるのかを問う姿勢を忘れてはならないのではないでしょうか。 

「書物は常に時空間を移動するプロセスの中にある。同じ場所に置かれて動かないように見えても、異なる時間の読者に向けてそれは移動しているのだ。書物は常に移動し、あるいはその場所にとどまり、そして出ていく。そうした中で読者との関係を次々と作りだしていく。読者と書物と歴史は、こうした移りゆく関係としてある」
 電子化の中にいる私たちはこれからどのような関係を書物と持つようになるのでしょうか。読書と書物を「プロセス」という観点から複眼的にとらえたこの本はこれからの読書を考える上でさまざまな刺激を私たちに与えてくれるものではないかと思います。(読書をする場を分析した章も私たちに何かを考えさせる一章でした)

書誌:
書 名 読書の歴史を問う  書物と読者の近代
著 者 和田敦彦 
出版社 笠間書院 
初 版 2014年7月20日
レビュアー近況:静電気持ちの野中には、非常に厳しいシーズンに突入しました。エレベータのボタン、怖くて押すことが出来ず、希望階に誤差があっても、そこから階段を使う始末。足腰の鍛錬にと自分に言い聞かせながら、だったらエレベーター使わなければいいと思い至ったのが、希望階へ最後の一段。トホホ。

[初出]講談社プロジェクトアマテラス「ふくほん(福本)」2014.11.13
http://p-amateras.com/threadview/?pid=207&bbsid=3238

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?