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”ウールの持ち主のひつじは幸せ?”ウールテキスタイルデザイナーが、ひつじを飼って「生地」を作る理由。

こんにちは🐏ウールテキスタイルデザイナーの笠木真衣です。【KASAGI wool textile】を運営しています。

満開のさくらとマックスくん(2024)

 KASAGI wool textileは、島根県大田市三瓶山(さんべさん)の標高300mにある牧場で、ひつじを大切に育てて、羊毛を作るところから取り組んでいるウール専門アパレル会社です。製品は、生地・ソックス・カーペットがあります。夫とふたりで運営しています。

島根県大田市三瓶山(さんべさん)

羊毛が大好きだからひつじを飼いました。

羊毛に触らないと、そわそわする。

2011年に、独学で織物の勉強をしている中で、羊毛に出会いました。
出会いは偶然でした。手織りで布を作っていましたが、糸から作ってみたくなり、糸紡ぎの体験に行きました。そのときの練習材料が、たまたま羊毛でした。羊毛を持った瞬間、電撃が走りました。羊毛は、情報の塊でした。手触り、けもののにおい、繊維の絡まり、色、脂、軽さ、といった刺激の強い情報の源(羊毛)が、手のなかにありました。
 羊毛を紡ぎはじめると、指先に羊毛がからまって糸になる感触がありました。とても心地のいいものでした。「むかしの人はすごいなあ」という言葉をオウムのように繰り返しながら、夢中で羊毛を紡ぎ続けました。
 このときから、羊毛に触りたくてまたらず、羊毛に触らないとそわそわするようになり、13年が経ちました。

2022年のノンノンの羊毛(手洗い加工後)

羊毛に触りながら、ひつじのことを考えていました。

羊毛に触るために、自宅で羊毛を紡ぎ、織機で織って、織物を作りました。

紡いだ毛糸でブランケットを織っているようす(2016年)

最初は、加工された羊毛を購入していました。次第に、毛刈りしたままの未加工の羊毛(グリージーフリース・脂や夾雑物がついたままの羊毛)を購入して、自分で洗って使いました。

手洗いしている羊毛。毛先の汚れを落としているようす。
毛刈りをしたままの羊毛(グリージーフリース)を庭に広げたときのようす。
ひつじ一頭分の北海道産ロマノフ羊毛。(2016年)

洗う前の原毛には、一年分のひつじの汚れがついています。その汚れには、ひつじの飼育環境によって差があることが分かってきました。また、羊の品種や、産地や飼育で羊毛の質が変わり、ひつじを飼う目的によって飼育方法が変わることなどを、羊毛を通して、少しずつ知りました。
そうして、羊毛の持ち主である「ひつじ」のことが気になりはじめました。「この羊毛の持ち主のひつじは幸せだろうか?」
この問いに答えがほしくて、ひつじに会いに行くようになりました。

羊毛がのびているひつじに会った日のようす(ひつじの名前:モコちゃん)
愛用している紡ぎ車(愛車の名前:ミズィ)
オーダーのショールを織っているようす(2017)

島根県大田市三瓶山に移住して羊飼いになりました。

2018年に、群馬県から、島根県大田市三瓶山の標高300mの古民家に移住しました。2020年4月にノンノンという名前のひつじを譲っていただきました。同年9月にブンブン、カンカン、どんどんという名前のひつじを譲っていただき、合計4頭のひつじの飼育をはじめました。
こうして、2020年にウール専門のひつじ牧場をスタートし、ひつじ飼いになりました。

子ひつじが誕生しました。(2021年)
はじめて自分で育てたひつじの毛刈りをしたときのようす(2021年春)
(左・夫)毛刈りをしています。(右・わたし)息子をおんぶしながら。

ウールテキスタイル(服地)への強い思い

服地(ふくじ)は、夢がある織物

羊毛に触れるのなかで、次第に「服地を作る」という目標を持ちました。服地は、わたしにとって作るのが難しい織物でした。洋服を作るために必要な生地は、とても大きい織物です。ジャケットを作るために必要な生地は、幅75㎝×長さ4mです。毛糸の総量は1㎏を超えます。服地は、作る糸の量が多く、その糸は丈夫で均一である必要があり、また織るときにも糸を均一に打ち込むことを求められます。ふわふわの羊毛を大量に均一に加工することは、至難の業と言えます。
 また、服地には、夢があります。その夢とは「人が着る」ということです。「洋服を着る」ことは、人の命を守ることにつながります。ですから、「人が着る」ということは、命を預けてくれることであり、人と人が信じあうことだと考えています。人と人が信じあい、受け入れ合う場に居合わせることができるのが、テキスタイルデザイナーだと思います。「安心して着られる洋服」を目指してウールテキスタイル(服地)を作っています。

はじめて手紡ぎ手織りで作った服地(2014)

自作の服地でジャケットを仕立てた。織り機LIISAと紡ぎ車ミズィと共に記念写真を。(2016)

しかし、気になることがありました。収入面です。初期のわたしの服地作りは、ビジネスになりませんでした。羊毛の購入から、洗い加工、紡ぎ加工、製織、仕上げまで、すべての工程をひとりで手作業でしていると収益が出せません。時間がかかりすぎ、生産量も少ないからです。

服地を作り続けるために、工業製品化へ

「どこかを効率化しないと継続できない。」と感じたわたしは、服地作りの工程において、どこを効率化するかを数年かけて検討しました。
 調べていくうちに、均一化と量産化は、工業技術の得意とするところだとわかりはじめました。手探りのなかで、なんとなく、「羊毛の洗い加工に手間をかけ、紡ぎと織り工程を効率化(工業化)する生地作り」というイメージができました。
 そこから二年ほどかけて紡績会社と製織会社に出会うことができ、2019年8月に手作りと工業のハイブリット型ウールテキスタイル第一号「MERRY生地」が出来上がりました。

最初のウールテキスタイルが全国規模の賞でグランプリに

ジャパン・テキスタイル・コンテスト2020グランプリ(経済産業大臣賞)を受賞したMERRY生地

ひつじを飼い始めた2020年に、国内最大のテキスタイルコンテストにMERRY生地を応募し、グランプリ(経済産業大臣賞)を受賞しました。

MERRY生地で夫のジャケットを仕立てました。

夫のジャケット。仕立て:島根県松江市 ヨシカネ服装 鈴木さん。(写真撮影:村岡大吾郎さん)

夫のためにジャケットを仕立てられたことは、とても大きなことでした。夫は、とても喜んでくれました。うれしそうな顔でジャケットに袖を通す夫の笑顔を見たときに、ウールテキスタイル作りを続けようと思いました。

出産したひつじから生地をデザインする

フランスのプルミエール・ビジョン・パリ2023への出展審査を通過したことをきっかけに、新作生地作りにとりかかりました。
新作のテーマにしたのは、出産したひつじでした。ひつじの名前は、あずきちゃんです。あずきちゃんは、8時間の陣痛に耐え、いちごちゃんを出産しました。それは人と全く変わらない壮絶な出産でした。血走った目、足のつっぱり、興奮、苦痛の表情に立ち会い、ひつじの命の重みを知りました。命の重みを生地に込めたいと思い、PATAPON(パタポン)というウールテキスタイルを作りました。

8時間の陣痛に耐えて出産したあずきちゃんと娘いちごちゃん(2022)
ウールテキスタイル「PATAPON(パタポン)生地」(2023)

地衣類で染めた羊毛~三瓶山の草木を活用

2023年2月に出展したプルミエールビジョンパリで、欧州ハイメゾンのバイヤーやデザイナーのみなさまから、「草木染めはできますか?」というリクエストをいただきました。このご要望にお応えするために、ウール生地に色つける方法を探しました。文献をあたったところ、イギリスの染色家の本から島根県大田市三瓶山(さんべさん)に多く生息している地衣類(ちいるい)が優れた染料であることを知り、新作生地に採用しました。

LICHEN生地(2024)地衣類で染めた羊毛を混ぜて毛糸を作り製織した生地。
地衣類(島根県大田市三瓶山の桜の木に生息)
地衣類で染色した羊毛(2024)

ひつじたちが暮らしている三瓶山の資源を活用してウールテキスタイルを作ることを大事にしています。

この羊毛の持ち主であるひつじは幸せ?~お客さまとのお約束

ひつじの幸せを守ります。それは、「ひつじが幸せだから、安心して着られる」というお客様とわたしのお約束です。

ハローくん3歳オス

ひつじの幸せが見えるウールテキスタイル

ひつじを飼育して、羊毛に触れ、ウールテキスタイルを作っています。
現在、Textile Exchangeの自主規格であるRWS(Responsible Wool Standard)を基にアニマルウェルフェアを尊重し、ひつじたちの環境を整えています。

生地の出来を確認しているようす(笠木真衣)

KASAGI wool textile ウールテキスタイルデザイナー 笠木真衣
Instagram @kasagifiberstudio
https://www.instagram.com/kasagifiberstudio



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