見出し画像

「カエシテ」 第3話

   3

 加瀨は、株式会社スクラムという会社で働いている。会社は雑誌社で、『月刊ホラー』という雑誌を発行している。内容は誌名の通り、都市伝説や全国各地の怪異などを小説という形にして掲載している。また、読者が送ってきた選りすぐりの心霊写真も好評を博している。『あなたは、この雑誌を読む勇気はありますか。』という挑発的なキャッチコピーを掲げているだけあり、内容も身も凍るようなものばかりだ。ホラー好きの間では、最強のホラー雑誌との呼び声が高い。実際、誌面に掲載した話がテレビで映像化されたことが何度もある。それにより売り上げを伸ばし、立ち上げ当初の文京区小石川から現在の新宿へとオフィスを移転していた。会社の方は、新宿三丁目駅を出、花園通りを超えた先の路地裏にある。五階建ての雑居ビルの三階だ。
「お早う」
 エレベーターで三階に上がると、ICチップの入った入館証でロックを解除し加瀨は編集部に入った。編集部は、手前に衝立があり、中には来客スペースのテーブルセットが置かれている。奥はスタッフのデスクが向かい合う形で並び、突き当たりは編集長のデスクだ。壁際にはキャビネットが並び、中には資料やこれまでのバックナンバーが管理されている。
「お早うございます」
 加瀨に気付くと、スタッフは一斉に挨拶した。
 加瀨の働く雑誌社は少数気鋭だ。従業員は、彼を含めて六人しかいない。この六人で取材し記事を書き、月に一度雑誌を発行している。
 今はまだ始業二十分前だが、デスクは埋まっている。この日は大切な会議が行われるため、皆、早めに出勤していたのだ。その会議とは、一ヶ月の成果を発表する場でもある。それぞれがこの一ヶ月で収集してきた話を披露し、読者の目を引きそうなものを選別していくのだ。会議で票を集めれば次号に掲載されることになる。一人で何個でも発表できるため、誰もが必死になって情報収集に奔走している。
「お早う」
 デスクに鞄を置いたところで挨拶を返してきたのは、社長であり編集長を兼ねている陣内充じんないみつるだ。元は雑誌社で働いていたが、会社の倒産を機に一念発起で雑誌社を立ち上げた男だ。五十にして金髪で服装は派手な色を好んで着ているが、話の見極めに関しては長けたものがある。ただし、仕事の鬼と呼ばれるほど人使いが荒い。そのため、陣内と雑談を交わす従業員はいない。
「お早うございます」
 加瀨もそうだ。挨拶を交わすと他の従業員に目を向けた。
「どうだ。ネタの方は。いいネタ持っているのか」
 そして探りを入れる。
「俺はいいネタを持っていますよ」
 自信を持って答えたのは、福沢隆ふくざわたかしだ。学生時代にラグビーで鳴らした体育会系の男だ。本人曰く、学生時代より痩せたとの話だが、現在も体重は百キロを超えている巨漢だ。だが、体型に似合わずフットワークは軽く、足で情報を集めてくる。
「えっ、福沢さんもいいネタ持っているんですか。大丈夫かな。俺のネタ」
 悔しそうな顔を見せたのは、隣の席に座る平子守ひらこまもるだ。色白で痩せこけ、学生にしか見えないが、プログラミングを駆使して、ネット上から情報を収集してくる。雑誌の電子版やホームページにSNSの更新も担当し、雑誌社には欠かせない男だ。
「私もピンチかも。福沢くんが自信があるとなると」
 驚いたように目を丸くしたのは、横沢由里よこざわゆりだ。半年ほど前に入社した女で主に事務を担当している。黒縁の眼鏡を掛け、黒髪を腰まで伸ばしている。服も黒を好んで着ているが、性格は社交的だ。都市伝説以外の会話でも、休憩中は盛り上がっている。ただし、気の強い一面があり、自分の意見はハッキリと言う。
「本当ですね。私、急に自信がなくなっちゃったわ」
 隣で天を仰いだのは、長野純ながのじゅんだ。二十代と部内でもっとも若い。ショートカットでボーイッシュな女性だ。都市伝説に少しだけ興味があり、仕事の内容を見て自分にも出来そうだから、とりあえず申し込んだところ採用されたという今時の女子だ。性格が社交的と言うこともあり、編集部では人気者だ。心霊写真や読者のメッセージなどをチェックしている。
「これは楽しみだな。はたして、誰の話が来月号に掲載されるのか」
 従業員の話を陣内が面白そうに見届けていると、オフィスにチャイムが鳴り響いた。始業の合図だ。
 楽しそうに話していた従業員は一斉に口を閉じた。
 そして陣内の挨拶により、この日の仕事は始まっていった。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?