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アルビレックス新潟は私にとっての推しなのか?

9月25日にアルビレックス新潟の大宮戦を見に行った。
コロナ禍で制限されていた声出し応援が座席の収容率を半分にすることで、エリアを限定して声出し応援が可能になっていた。
久しぶりにサポーターの応援を生で聞いてちょっと涙が出そうだったが、改めて感じたのは私はアルビレックスの「サポーター」推しなのでは?ということだった。

よく考えたら、もう15年以上もスタジアムに通っており(当初は連れていかれ、一時離れていた時期もあるが)本来であれば「今のはいいプレーだったね!」など、サッカーの競技的な視点が養われてもいいはず。が、15年たっても相変わらずそのあたりのことはふんわりとしかわからない。
さすがに最近は理解が進んできているが、オフサイドのルールを理解したのもわりと最近の出来事で、10年くらいよくわからないまま試合を見ていた。

競技の面白さがよくわからないのに、わざわざ試合を見に行くということは、何か別の理由があって自分なりに面白いと思っているからなのだろうが、それがこの前の試合で応援するサポーターたちを見て、このスタジアムの雰囲気が好きなんだと腑に落ちた。

初めて試合に連れていかれ始めた時期がアルビレックス初のJ1昇格がかかっていた2002年-2003年頃なので、当時、サポーターの盛り上がりが最高潮だった。
自分の好きなものを全力で応援している人たちが大好きなので、アルビレックス新潟というチームも好きですが、アルビレックスのサポーター推しでもあるのは、あの光景を見たからだと思う。

なので、来場者が増えるととても嬉しい。
大宮戦もずっと越えられなかった2万人の来場者数を超え、J1昇格がかかった昨日の試合のチケットは完売。およそ33,000人もの人がスタジアムを訪れていた。J2に降格してからずっと低迷していた(といっても他クラブと比べれば平均より多い)来場者数も、普段来ていない人でも勝ったら次に行けるという、魅力ある面白い試合には人が来るんだと改めて感じた。私だって最初はいやいや連れられて行っていたのがあのスタジアムで本気で応援している人の集団と熱量を見て面白いと思った初心を思い出した。

嵐のコンサートでも思ったけれど、ここに集まっている一人一人の人生のどこかでアルビレックスと接点があり、たまたまあの場に来たひとも、毎回通っている人も、一人一人それぞれの思いや物語がこの空間に集結しているのだと思うとすごいことだ。

5年間、世の中も変わり、自分の働き方も変わり、いろいろなものが変わって、J2に降格して最寄り駅前で脱力して歩けないくらい凹んでからの期間は自分にとってもとても長かったけれど、もう一度満員のスタジアムの光景を見られて、喜ぶサポーターの姿を見られたことも、昇格を一緒に喜んでくれる友達がいたことも、先を見据える選手たちの姿を見られたことも、全部この5年間があったからこその出来事だと思うと、悪いことばかりじゃなかったなと思えた。

J1昇格おめでとう!

ありがとうございます。喜びます。