指揮者

指揮者は4つの時間に生きている

AIに勝つ!」では、多くの仕事、業務が、暗黙知、形式知が絶妙に組み合わさり、ときに境界線が脈動するように変化しながら行われているという新しい見解を主張しています。その正しさには確信もちつつも自然科学者(Dr. of Sci.)として証明しきれない歯がゆさはあります。ただ、そんなイメージを持ち、肯定することで、自分の仕事能力を向上させ、脳を楽しく有能に機能させる術(すべ)を経験則的に(empirically)身に着けることができるのです!

 その最強の方法、手段の1つが音楽演奏であり、また、優れた美術の鑑賞であること。このことについて、「AIに勝つ!」以外の「AI時代の学び方、生き方」関連書籍は説得力ある記述が出来ていないと思われます。神経生理学、認知神経科学の基本を踏まえ、正確なAI最前線の理解を踏まえて、単純なライフハック、Tips集でなく、因果関係を前提とした立論が求められるところです。

 「敵(AI)を知り、己(人間)を知れば百戦危うからずや」は極めて正しく、今日の危ういAI論を戒めています。AIの正確な理解を欠き、また、自ら高度な創造性を発揮するきっかけに音楽演奏、美術展での感動、また、高度なリアルタイムの知識勝負では、クイズ番組で優勝しかけた経験などがなければ、近未来のAIに出来ない創造性を具体的に発揮できるか、語りようがないはずです。

 と少々力んで前置きを書きましたが、読者の方には紙面で伝えきれなかった素晴らしい音楽のオンライン体験などで楽しみつつ納得していただくためのノートです。標題の証拠を示しつつ、今回はハイドンの悪戯っ気を楽しんでまいりましょう。

 「AIに勝つ!」p.126より:

 指揮者は、ピアニッシモ(とても小さい音量)で、ある小節から突然フ
ォルティシモ(とても大きい音量)に変わるとき、どのように棒を振るで
しょうか。
 交響曲の父ヨーゼフ・ハイドンの、通称びっくりシンフォニー(交響曲
第94番「驚愕」の第二楽章)の演奏ビデオなどで確認してみてください。フ
ォルティシモになる前の小節の最後の拍(ドイツ語でアウフ・タクトとい
います)で、大きく振りかぶります。もし、指揮者がフォルティシモにな
った小節で大きく棒を振っても演奏者はついてこられません。人によって
異なる反応スピードのために演奏はバラバラになり、崩壊してしまいます。

 この描写にぴったりの演奏です。ちょっと変わった名前の首都圏のアマチュア・オーケストラですが、なかなか整った演奏を聴かせてくれます:

如何でしたでしょうか? この演奏では、各楽器の奏者たちは、指揮者と同時ではなく、ちゃんとワンテンポ(1拍)遅れて反応しているように見えます。

 指揮者の「時間」ですが、まず目の前の、あるいは頭の中に記憶した交響曲の総譜(スコア)を読みながら、一小節くらい先をどのように表現するか、その都度考えるか、再確認するかします【第1の時点】。そして、今現在は最弱音のpp (ピアニッシモ)で全員が弾いて、吹いていることを耳でモニターしながら【第2の時点】、次の小節の冒頭(第一拍)でいきなり、全員で最強音ff (フォルティッシモ)になる前の拍で大きく振りかぶり【第3の時点】、目の端で全員が準備していることを確認しながら振り下ろし【第4の時点】、オーケストラに実際に音を出させます。 

 拍が進行し、【第2の時点】以降になったときには、実は、その次のサイクルの準備【第1の時点】などが既に行われています。これは、「AIに勝つ!」p.296 図5-3 パイプライン制御 を指揮者が実行していることに他なりません。パイプラインの初めや終わりのところでは並列処理の度合いは低いですが、途中、大なり小なり、ある拍における認知や動作が、3つ4つの別の時点の準備、実行、確認 (PDCAみたいですね) を同時に行っていることは間違いありません。

 こんな脳の使い方を日常的に行っていれば、脳の性能が大きく向上しないはずはなかろう、と思えませんでしょうか? 似た事例として、同時通訳や、2,3人が話すのを同時に全部聴きとるという稀な課題に求められるでしょう。音楽の場合は、モーツァルトが歌手を次々と増やして重唱の度合いを3,4,5,6,7,8人と高めていっても快適に全部聴きとれるという例外的な性質があります。30種類の楽器(や歌)の五線が縦に並んだ総譜を全部覚えて把握するのは指揮者だけでなく、多くの優秀なプレイヤーも同じ準備を練習中に行います。これだけ複雑なことを脳が行いつつ、単純にドーパミンが出ている以上の深い感動、快感をリアルタイムに得られる活動が他にあるでしょうか?

 本稿の最後に、少しお気楽に、あるTV番組が「クラシック音楽でコンサート中に寝ている人を起こす」実験を、ハイドンの「驚愕」で実際にやってみた映像を見てみましょう。

この演奏では、プレイヤー達が全身全霊で最強音を出そうとして、指揮者とほぼ同じタイミングで振りかぶってff (フォルティッシモ)の準備をしているようにみえます。当時のハイドンが自ら指揮した初演の演奏の様子はどちらに近かったでしょうか。

 ちなみに、当時の聴衆たちは、叩き起こされて反発するどころか、ハイドンの意図を理解し、せっかくの演奏を寝て聴いていたのは失礼だし、こんな楽しい、創意に溢れた曲を作ったハイドンに敬意をはらって感謝したといわれています。


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