パラレルワールド 17

                                                       ☆

 彼女は僕の部屋で眠ることもあったし、そうでない日もあった。

 トーキョーに、僕なりの「日常」が形成されていくのにあまり時間はかからなかった。
 もし彼女と出会っていなかったら、もしあのときブルシットの階段を上がっていなかったら、もっと違った形の「日常」を形成していたはずだ。(おそらくアジトに入り浸りジャック・ダニエルとフライド・ポテトを大量に消費するだけの日常になっていたことだろう)
 
 彼女は天真爛漫で驚かされることも多かったが、その一方で彼女はとても家庭的な人でもあった。

 僕が記事の執筆に集中している時をねらってびっくりさせられることはしょっちゅうだったが、そこには必ず温かいコーヒーが添えられていた。

 彼女の仕事が休みの日の昼下がりに、僕が記事の推敲をしながらついウトウトしていると彼女は僕が持ってきたパープルレインのミニ・レコードを控えめな音量でかけながら洗濯物を干してくれたりすることもあった。

 昼過ぎのまどろみの中、小さなボリュームで流れるパープルレインが心地よかった。

 トーキョーへ来て、10日が経とうとしていた。

 この10日間の間に、僕はあの長い尻尾の男に命じられてトーキョーまでやってきた。そして入り浸るバーを見つけ、彼女に出会い、レコード・マンになった。        

 とても幸せだった。
 ロウソクの灯りがその身に纏っている小さな温もりのような、そんな日々が形成されつつあった。

               ☆
 
 はじめて入ったときにこの部屋を支配していた「無機質」はもうすっかり影を潜めていた。代わりに今この部屋を包んでいるのは温もりだった。

 僕は胸の奥の、そのまた奥の方で願っていた。トーキョーで手に入れたこの暮らしが、これからも変わらず続いていくことを。

 「フェスティバル」なんて、どこか知らない遠い国のことのようにさえ思えた。

 この穏やかな暮らしこそがフェスティバルなのではなかろうか?
 そんなことさえ頭をよぎる。

 僕はこの流れに身を委ねた。
 まるでからだ中の全ての力を抜いて水に浮かぶように。

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「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…

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