“地図にない島”

ここは、どの地図にものっていない幻の島。住民は皆、人とは少しずつ...あるいは大幅に、…

“地図にない島”

ここは、どの地図にものっていない幻の島。住民は皆、人とは少しずつ...あるいは大幅に、違った生き物ばかり。この奇妙な島の者との交流を軸とした物語。

マガジン

  • 地図にない島の物語

    どこにもない、けれど、どこにでもある、謎の島。 どんな国の、どんな年代の地図にも載っていない。 そこに行けるのは、島から招かれた人だけ。 その島への通行証を、あなたのもとへ。

最近の記事

地図にない島 #8 継承式

図案が、これでよい、と感じられるところまで持ち込めたのは、昼休みも終わる頃だった。 今日は、定時が来るのを待って、即退出だ。 会社から家までは、電車と徒歩をあわせて40分ほど。 その間、家に着いたらやることを、何度も頭の中で確認した。 どう見積もっても、墨壺の中の<月光水>は一回分しかない。 エクウから渡された箱も、当然ながら唯一無二のものだ。 一回で、完成しなくてはならない。 肝心なところをきちんと描けば、細かなところは装飾の問題だ。 大丈夫。 できる。 帰宅する

    • 地図にない島 #7 最後の授業

      道具の準備は、たぶん、ほぼ大丈夫だと思う。 要となるのは、矢立の中にあった水と月光だ。 道具以外の、重要なもの。 それは、ぼく自身が、用意しなくてはならない。 クローゼットにしまい込まれた荷物の中に、手製の紙挟みがあった。 島に行く前に中身をチェックした時には、いろんなスケッチの断片を集めてあるようにしか見えなかったのだが。 第一、その描線は、鉛筆でもインクでも筆でもないように見えた。 強いて言えば、焼き付けた跡のような。 筆記具が不明という不自然はあるものの、祖父が

      • 地図にない島 #6 祖父の贈り物

        つなぎ合わせた空間の門は、ぼくの部屋に直結していた。 住み慣れた、アパートの部屋。 ほんの短時間の島滞在だったが、空気の密度の差を感じる。 デジタル時計の値は、向こうへ行った時から秒数だけが動いていた。 同じ位置で光る満月が、開けた窓からのぞいている。 ネプラは門から出てこない。 「また会うことが、あるかな?」 「それは、主ときみ次第だ」 次の瞬間、煙が消えるように、ネプラも門も部屋から消えた。 ぼくは、しばし、その場に立ち尽くす。 なんてゲンキンなものだ。 今

        • 地図にない島 #5 <隣人>と<旅人>

          “地図にない島”は、ぼくが知る限り、どこの国の地図にも、どの時代の地図にも、記載がない。 ただし、行き来は、どこからでもできる。 どこにもないけれど、どこにでもある。 どこからの道もないけれど、どこにでも繋がる。 禅問答のようだが、そういう場所だ。 固有名詞も、ない。 “地図にない島”とは、祖父が使っていた呼び名だ。 島内の地図も、存在しない。 来るたびに地形が違う。 島自体の大きさ形状も、常に違っている。 季節は、住民の意思で決まっているようだ。 島の中で“統一さ

        地図にない島 #8 継承式

        マガジン

        • 地図にない島の物語
          8本

        記事

          地図にない島 #4 島、ふたたび

          うれしさと、期待。 不安と、恐れ。 そして、思いがけず強く沸き上がったのは、孤独感。 島側から開かれる<道>を通れるように、ネプラが案内係として、再びぼくの前に現れた。 島には、どこからでも、行ける。 ぼくの、アパートの部屋からでも。 今夜は、満月だ。 明るい。 この辺りは市街地からは離れていて、まだ開発もそんなに進んでいない。 アパートの前は空き地で、その向こうは田畑。 便利ではないが、家賃は安くて見晴らしが良くて、もう10年以上住んでいる。 開けた窓からは5月の風

          地図にない島 #4 島、ふたたび

          地図にない島 #3 発掘

          伝令役を終えたネプラは、即、<島>へ戻って行った。 それからのぼくは、自分でも呆れるほど情緒不安定に、夜まで過ごした。 一目散に家に帰り。 一人暮らしを始める時、持ってきたはいいが一度も開封せずにクローゼットの奥に押し込まれていた箱を引っ張り出し。 床に座り込んだまま、どれくらいの時間、ただ眺めていたことか。 意を決して。 厳粛な気持ちで。 慎重に、箱のガムテープをはがす。 中から、少し埃っぽい、長く使われていない引き出しの匂いがする。 そこに混じる、かすかな香り。

          地図にない島 #3 発掘

          地図にない島 #2 誘い

          「前にきみと会ってから、ニンゲン時間でどれくらい経っているのかね?」 「20年以上だな」 正確には、23年だ。 ぼくには、ネプラの姿が見えなくなって。 声も聞こえなくなり。 存在を認知することができなくなった。 そして、忘れた。 さっきまで、ずっと。 陳腐なファンタジーと同じ。 大人になると見えなくなるっていう。 ......いやいや。 そうじゃない。 おじいちゃんが、いなくなったから。 だから、見えなくなって聞こえなくなった。 ぼくはもともと、おじいちゃんのおかげ

          地図にない島 #2 誘い

          地図にない島 #1 再会

          驚いて、手にしている物を落とす。 よくマンガや小説に出てくる光景だが、そんな反応になるわけがない。 ずっとそう思っていたが…たった今、思い込みだったと、わかった。 飲み口を開けたばかりのホットコーヒーは、つるっと手から抜け落ちて。 靴先が熱い液体を被ったことも、遠い認識だった。 言葉が出ない。 そんなぼくを見て、目の前に立っている「それ」は、ひょいと首をかしげた。 「そこまで驚かせたとは」 口からではない、別のところから響いてくるような、その声。 津波のように…

          地図にない島 #1 再会