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こがるゝ

寂しい寂しい夜の停車場を、骸骨の汽車が踊り抜ける。カタコトと軽やかな音色を弾ませて。
僕たちの中に吹き抜ける空っ風がまろやかな桃色に光って、どんな夜も幸せに縁取られるみたい。
ずっとずっと、憂いを帯びた眼を湛えたまま、彼女は春の底に転落していく。
僕はその白魚のような指だけを見つめて、微かな疼きに身を捩って、また今日も彼女を失ってしまった。
気付けば今日は後ろになり、視線の先から彼女が向かってくる。新しい彼女の捕獲だ。
重度のアルコールに眩んだ脳内では、いつか見た海面がゆらゆらと点滅している。
霞んだ視界では捉えきれない彼女の微笑みを、妄想の中で抱きしめる。
ぽろぽろと皮膚を伝うものがある。
思い出の中にしか存在しないもの。
既に宝箱の中に閉じ込めて、質感を失ってしまったもの。
それらが本当にあったのか、それとも全ては僕の空想なのか、誰の細胞が生んだものなのか、縋ってみようと手を伸ばしても、自動的に筋肉が収縮してまた明日が来る。
またこうして水色だけを携えて山路をゆく。
世界には煌びやかな音も色も溢れているというのに。
頼れるのは鳴り響く君の声だけ。
底抜けに大好きな君の存在だけ。
人が僕を挫いて叩き壊しても、君のためだけに再生する今日があるだろう。
君のためだけに譫言を紡ぎ続けるだろう。
言い尽くせぬ愛が人知れず闇に溶け出していく。この夜が君の枕元に訪れて、幼き日の可愛い夢を君に知らせれば良いのに。

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