新しい戦争のルール

私は迷っている。

私の番が来てしまったからだ。


今、私の襟章(えりしょう)は、私が最高位指揮官であることを示している。


ほんの数秒前は2304番目の階級だった。ほんの数分前は5623番目だった。


ああ、先程の敵国の作戦で、我が国の兵士が大勢死んだのだ。数千の階級を吹っ飛ばして、あっという間に私が最高位指揮官になった理由がそれだ。


そうだ。私が決断しなければいけない。

「この戦争をやめる」

と言えば良い。それでこの戦争は終わる。


臆病者だと罵られるだろうか。私の番で戦争をやめることは卑怯だろうか。

いや、もう十分戦った。十分すぎるほどだ。

実際に戦闘で命を落とした兵士が125,808人。襟章が共命(きょうめい)した上位指揮官が同じ数。つまり251,616人の軍人が命を落としている。


なぜ正確な戦死者数がわかるかって?

開戦時の私の階級が、125,809番目だったからだ。


私には兵士を指揮する能力も、敵国と交渉する能力もない。戦況がどうなっているのかさえわからない。

もう充分だ。いや、遅すぎたくらいだ。

私が戦争をやめるとさえ言えば良い。それで良い。終戦でなくても、一時停戦でも良い。そのまま停戦したままでいれば良い。

とにかく、もう、猶予はない、おそらく今この瞬間にも、瀕死の兵士が命を落とすかもしれない。その者が命を落とせば、同時刻に私も死ぬ。


なぜ、こんなことになってしまったのか。


そもそもの始まりは、3年前の国際会議だ。

新しい戦争のルールが決まった。

成熟した国際社会にもかかわらず、いつまでも戦争がなくならないことを危惧した国際会議が、戦争をなくすためのルールを作った。


軍人は皆、戦争中は、軍服の襟に階級を示す襟章をつける。兵士が1人戦死するごとに、最高位指揮官から1人ずつ、戦死した兵士と同じ数だけ、襟章が「共命」という形で処刑するのだ。

ビリビリっと殺すわけだ。

そして階級は、自動的に次の階級の者に移る。

「自分が真っ先に戦死すると分かっていて、戦争を始めるような間抜けな指揮官はいないだろう」という国際会議の考えだった。


いたのだよね。そんな指揮官が。


まさかね。



「私は死を恐れない!恐れるのは尊厳を失うことだ!」


わからなくもない。いや今となっては全くわからない。


戦争でなくても、よかったでしょ。


戦争は人が死ぬんです。


特に今回の戦争は、指揮官のあなたが真っ先に死ぬのです。指揮官ってのは、自分が死なないから無謀な、非人間的な命令が出せるのかと思っていたよ。


「私の意志を引き継げ!私のしかばねを越えて行け!」


狂気の沙汰としか思えない。


どうして25万人も戦死するまで、いや25万1616人が戦死するまで、戦死を続けたのか。愚の骨頂。


あーもう、とにかく停戦だ!
私の命のあるうちに!

ていせ……ぐっ…





私は迷っている。



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