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まだ見ぬソール・ライター

ソール・ライターという人物をご存知だろうか。2013年に亡くなったこの写真家は、2017年に渋谷のBunkamuraで大規模な個展が開かれたことで日本での知名度が一気に高まった。

わたしは今年の8月に東京都写真美術館で開催された『メメント・モリ展』に行ったことをきっかけに写真に興味を持った。その後、写真についてあれこれと検索しているうちに写真家の渡部さとるさんが運営している「2BChannel」というYou Tubeチャンネルに行き着き、渡部さんの肩肘張らない語り口に魅了され、過去動画を見漁っている中で、ソール・ライターに出会った。そしてたちまちそのファンタスティックなセンスの虜になって、是非とも手の届く場所にその美しい作品を置いておきたいと思った。

善は急げとばかりに、さっそく『ソール・ライターのすべて』という写真集をネットで購入した私は、改めてその構図のユニークさ、色使いの美しさ、雪や雨の降る街が背景として多く使われている点などにとても惹かれた。

そして今回、新たに『まだ見ぬソール・ライター』という写真集が全世界で一斉に刊行された。これはそのタイトル通り、未公開の写真ばかりを集めた大型の写真集で、今年の8月に発売されたらしい。らしい、というのは、私は10月になって、ようやく渡部さんのYou Tubeを通じてそのニュースを知ったからで、オンタイムで情報を入手したわけではないからだ。またしても慌ててネットで注文し、到着を待った。

京都の本屋さんからはるばる届いたその本は、とてもずっしりとしていて美しかった。写真集だけれど、読み応えがある。1枚1枚めくりながら、「なぜソールの写真に惹かれるのだろう」とぼんやり考えた。

1番の理由は、おそらく私が雪国出身であるというところにある気がする。

ソールの写真には背景として雨や雪が映り込んでいることが多い。それらは冬になると決して晴れ間を見せることのない故郷の風景と重なる。あのひんやりとした空気が紙面を通じて伝わってくるような感じがする。そして、そういう風景の中では人々はいずれもうつむきがちで、視線が交じり合うことはなく、その風景同様に、人々の心までもがしんとしてる感じがする。雪が音を吸い込むのだ。そしてソールはいつもそういう閉じた心と風景とを覗き見しながらシャッターを押す。信号待ちの車の中から。カフェの窓際、ブラインドの隙間から。ビルの上方から、木々の草葉の切れ目から。だから大抵の場合、被写体の目線はこちらに向いていなくて、それがいい。

もちろん、マーク・ロスコ風の大胆に分割された画面や、狙ったかのように完璧に配置された色彩も言うまでもなく良い。すべてのバランスが絶妙なのだ。

ソール・ライターの写真を見ていると、私が住む取り立ててなんの特徴もない町や、普段の通勤経路の中にもやはり美しさはあるのだと思える。いつも美しさを発見しながら生活してたい。


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