MP戦略第十三回:MPを限界ギリギリまでは使えない


前回の倉下さんの記事を受けてまず述べることにしますと、私は「MPの底上げ」について、正直にいって、それほど興味を持つことができません。

どんな人のどんな場合でもMP消費については「最小努力の法則」が働いていると思います。この点はダニエル・カーネマンが再三指摘しているとおりなのです。

つまり、おそらく動物というものは、「必要以上の努力はしたがらない」ものなのです。

したがって、私たちは本当にごくまれにしか「MP使用をその限界まで求める」ことなどないと思うのです。

「意志力の限界」について体系的に研究中のロイ・バウマイスターは「自我消耗」なる概念を使って、意志力は有限(しかも十分に豊富ではない)だから脳はその使い込みを避ける旨を発表しました。

「マシュマロ・テスト」のウォルター・ミシェルはこれに疑問を発し、自我消耗は単なる「消耗感」であって、意志力は事実上無限だ(かまたはそれくらい豊富にある)から、人が自制心を失ったりするのは動機づけが足りないせいであると述べました。

このようにかなり異なった意見を述べている科学者がいるわけですが、それでも両方に共通のこととして、私たち人間は「MP使用をその限界まで求める」ことなどめったにしないようにしているのです。この点が私の注目点です。

バウマイスターが言うように、意志力が有限だと言うなら、話はかなりわかりやすいわけです。MP使用を当然避けたいと思う。

しかし、かりに意志力が無限に近いものだとしても、「最小努力の法則」は働くわけですから、やっぱりMP使用は避けるように動く。ただしミシェルに言わせれば「動機づけさえ十分なら(つまり結果が華々しいと思えるなら)」人はMPをより多く投入するようになるわけです。

だからこそミシェルの『マシュマロ・テスト』の副題は「成功する子・しない子」なのです。MPをしかるべき時に大量投入できる子は成功する、というわけです。

いずれであっても「MPを使う」事自体が難しいので、その使用量が「限界点に迫る」事は多くないと考えます。ですから、MPの全体量を底上げする努力よりは、「うまく使う工夫」のほうが有効だと思います。

少なくともウォルター・ミシェルのような考えにならうならば、MPはほとんど無限にあるため、「底上げ」は問題とはなりません。

問題はロイ・バウマイスターが言うような「自我消耗」が起こる場合ですが、やはりこれについては消耗を引き起こさないようにすることが先決でしょう。MPを使い込めばどうしたって消耗感が残るわけですから、「限界まで使う」よりはるか手前の段階で、その不快感に耐えられなくなるはずです。

プロ棋士の方たちは、一時間以上も同じ盤面について検討されることがあるようですが、そういうことができる人とフラフラ生きている私の認知資源が同量だということはさすがにないでしょう。

と倉下さんが前回書いていらっしゃるのですが、そうは思えないわけです。
プロ棋士の人も、同じようなことを言うでしょう。

「将棋のようなゲームを楽しむ分には、1時間でも2時間でも勝つための最善の手段を考えていられるが、倉下さんのようにパソコンの前に何時間も座って、毎日何千文字も文章についてあれこれ考えを巡らせていたら、気が狂いそうになる」と。

つまりこれも倉下さんがお書きになっているとおり、次のような話なのです。

ある行動に習熟するとMP消費量が減少します。それも急激に減少します。つまり、同じ行動であっても、上級者がそれをやるのと初心者がそれをやるのはMP消費的にまったく違っているのです。

プロ棋士は、手持ちのMPが多いのではなく、将棋を指す上で、MPを消耗しないように使うことができるのでしょう。
物書きは、手持ちのMPが多いのではなく、文章を書く上で、MPを消耗しないように使うことができるのでしょう。

MPを1日の限界まで使い込むのは、むしろ初心者がやりがちなことです。教習所に通って運転をしている人にはMP消耗感があるものです。

仮に「MPの底上げ」をどれほどやったとしても、初心者は簡単に使い尽くしてしまいそうです。

MPの総量をあくまでも仮定ですが「1」とした場合、0.1ずつ使ったら、10時間もちません。子供の使い方はこうであるため、気絶したように寝てしまうことになります。

しかし、0.01ずつで済ませることができたら、総量が「1」だろうと「100」だろうと、有限だろうと無限だろうと、同じくらい豊富に使うことができます。

キューバのチェスマスター、カパブランカはアマチュアのチェスプレイヤー28人と同時並行で対戦し、28戦全勝をおさめたそうです。その際彼はどの手も2〜3秒で終わらせました。

いったい何手先まで読めるのか? と尋ねられたときカパブランカは「1手。ただしその1手はいつも必ず正しい」と答えたのです。

MPをこのように「正しく最適に」使うべきです。そうすれば28面差しで全勝するような離れ業も可能になります。そんな離れ業をする人のMPはあたかも無限であるかのように見えるわけです。