【ショートショート】ネットとリアルの狭間
『じゃあ、今日はよろしくお願いします(^^♪』
文章でしか知らない人からのメッセージに”ニコちゃんマーク”のリアクションでレスポンスする時の、気持ちが一瞬分裂する感じ。
ネットで知り合った人と当たり前にリアルで会う時代なのに、私はどうも慣れない。
「よし、行こう」
ストライプのコットンシャツを羽織り、私は意を決して家の鍵を閉めた。
家から十分ほどの最寄駅から電車に揺られながら、私はあれこれと考え始めた。
きっかけはツイ…いや、エックスで私が鳥の羽の写真ばかり投稿していたら、”江do7卍”というアカウントにフォローされたことが始まりだった。
”江do7卍”は、野鳥の解説や写真を投稿している熱心な野鳥オタクで、鳥の羽が好きな私と意気投合した。
私がちょっと変わった羽を投稿すると、すぐ「それは顔の部分の羽だね!」などとしきりに引用リ…引用ポストやリプライで解説してきた。
私も鳥のことが詳しくなり、もっと勉強したいと、いつの間にか思ってしまっていた。
ある日、”江do7卍”にDMで野鳥フェスタに誘われた。
『あの有名な野鳥研究会の会長が来るそうですよΣ(・ω・ノ)ノ!もしご都合などよろしければ、一緒に行きませんか?!鳥の羽を見せたら、きっと喜んで解説してくださるハズです!!』
どうやら調べると、たしかに日本で最大級の「野鳥の祭典」らしく、私も行ってみたいと思った。
『行きたいです!』
思わずそう答えて、ちょっと後悔しながら今日当日を迎えてしまった。
見ず知らずの人なので、理由を作って断ってもよかったのかもしれない。
でも「見ず知らず」だからこそあまり変な理由を作りたくなかった。私が嘘をついている、と(誰も知る由もないのだが)どこかの誰かが知ったら…という、これは自己中心的な罪悪感と誠実さなのだと思った。
野鳥フェスタが行われる会場近くの駅に到着すると、意外なことにそんなに人はいなかった。まばらにカメラを持った界隈の人かな、と思うような人をちらほら見かける。この中に”江do7卍”もいるのだろうか。
…?
しまった。
”江do7卍”って、なんて呼べばいいんだろう。
ツイ…エックスを開いて、”江do7卍”にDMを送った。
『今会場近くの駅に着きました。ストライプのシャツを着ています。江do7卍さんって、そういえばなんて呼べばいいですか?』
五分、十分…刻々と時間だけが過ぎ、”江do7卍”からは返事がない。
『先に会場へ行ってます。DM気づいたらレスください!』
私はちょっと苛立ってそう送り、会場へと向かった。
なんなんだ。私が自己中心的であっても誠実にここへ来たというのに。
会場は公園を装飾したような場所にあり、鳥をモチーフにした雑貨や古着なんかも売っていた。
ステージが公園の目立つところにあったので、私はそこへ向かった。
あと十分で、野鳥研究会の会長の野鳥解説が始まる。
ステージの客席隣の、チェック柄のシャツに帽子を被り一眼レフカメラを手にした男性に私は思い切って声をかけた。
「あの、ネットの方ですか?」
「?」
男性は怪訝そうな表情をした。
「私、ネットで知り合った人と待ち合わせをしているんです…けど、全然出会うことが出来てなくて…」
すみません、変なことお聞きして…とスマホをチェックしながら気まずくなってその場を去ろうとすると、
「それって、もしかして”こうどうななまんじ”って人じゃない?」
こうどななまんじ…?
私の表情に男性はやっぱり、という顔をしてさらに強烈なうそまことを告げた。
「こうどななまんじさんは、もういらっしゃらないんだ。去年、不慮の事故で…」
「でも、最近アカウントが奇妙に動いてるのをみんなで心配してたんだ。あの人はもういないのに、誰かがアカウントを乗っ取って何かしているんじゃないかって。そういうことだよね?きみ…」
ばっかみたい。
私はくるりとストライプのシャツを翻して会場を後にした。
やっぱりネットは信じられない。
でも…でも、私が鳥に夢中になっていたこの気持ちは、限りなくリアルだ。