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手刻み同好会のこと

 2018年に羽根建築工房(大阪府)のみなさんと「手刻み同好会」を立ち上げた。ここ20年ほど住宅の温熱環境や省エネルギーをテーマにしている私がなぜこうした集まりを立ち上げたのか、その経緯について書いておきたい。

「環境負荷が小さい住宅=善き住まい」を増やしたい

 なぜか小さい頃から、人が集まることによる負の部分が気になっていた。簡単に言えば「集まることによって周囲に流されること」が嫌いだったし、「自分一人だけが前向きに取り組んでも変わらない」と考える人が嫌だった。

 そういうことを何とかしたいと思って教師になったが、力量不足を感じて5年で辞めた。でもやっぱりそんな自分の血は変えることができず、次に「環境」にテーマを移して仕事を始めるようになった。環境問題は「自分一人だけが前向きに取り組んでも変わらない」とは真逆の考えを持って解決に向かうべき典型的なテーマだ。

 教師を辞めていろいろやっている中で「住宅」に縁ができ、環境負荷の小さい住宅を広げることを自分の仕事の目標に定めることにした。ちょうどそう決めた頃にシックハウスが大きな社会問題になり、科学的なアプローチでその解決法を提案する中で、自然素材を再評価するような仕事をした(すべての自然素材を手放しで推奨していたわけではないが)。そうした動きが工務店を中心とした自然素材住宅ムーブメントをつくることにかなりの影響を与えたと思っている。

 そういう動きと並行して、中村茂史くん(現在は奈良県在住)との出会いや、そのつながりの中でTSウッドハウス協同組合(徳島県)のみなさんとの出会いがあったりして、「国産材や地域材をどうすればうまく使っていけるか?」というテーマにも向かうようになった。また三澤文子さんに声をかけてもらい、開学から岐阜県立森林文化アカデミーの非常勤講師を務めた。この頃は各地の都道府県や森林組合に呼ばれて、国産材や地域材を活用した自然素材住宅をテーマにした講演をよくやっていた。

 中村くんやTSウッドハウスは、いわゆる伝統構法の再評価を試みていて、天然乾燥した杉を構造材に使った手刻みの家づくりを実践し、その普及を目指していた。三澤さんは伝統構法をベースとした普及型木造住宅の構法の開発を進めていた。木構造のことも少し囓りながらそうした人たちと関わる中で、木造住宅における「材料、構法、技術」といったテーマにおけるひとつの理想の姿が私の中で形作られていった。それを言い換えれば「我が国の木造住宅における伝統的な技術を生かし、持続可能な森林経営に合致する、国産材、地域材を最大活用した自然素材住宅」である。

 また、そうした住宅は懐古主義に陥ることなく、住宅というものの本質を探りながら、時代に受け入れられる必要があり、また科学的なアプローチを持って「善き住まい」を目指していく中に組み込むべきという発想が常にあった。

 その「善き住まい」とは次のようなものである。

①長く住み続けられること                       ・適切な構造性能を持つこと                      ・適切な耐久性能と耐用性を持つこと                      ・適切な温熱環境性能を持つこと                     ・美しさを有すること                             ②社会的な持続可能性を持つこと                     ・国産材、地域材を最大活用すること                    ・使用時の人工的なエネルギー消費量を最小限にすること

 私の仕事人生は、こうした「善き住まい」を普及させるという大目標に基づいている。そういう意味で、私は温熱環境や省エネルギーにこだわっているわけではないし、その専門家になることが目標でもない。私の役割としてある時期からこうしたテーマに向かうことにしたわけだが、思いのほかこの仕事には時間がかかり、現在に至ってしまった。

ぼちぼち引退を考え始めて

 還暦を迎える少し前に「65歳で仕事人生ほぼ完全引退」を決めた。「善き住まいの普及という大目標の実現」のためには、適切に次世代にバトンタッチしなければならないというのがその最大の理由である。

 そんなことを考え始めた頃、以前から少し気になっていた「大工不足」という問題が気になり始め、「何か自分にできることはないかなあ」と考えるようになった。大工不足は我が国の住宅の持続可能性をゆさぶる本質的な大問題である。またそんなことを考えるうちに、昔のこと(手刻みや国産材のこと)が思い出されてきた。

 羽根建築工房とは長いお付き合いである。もう10年以上も定期的に会社を訪れ、パッシブデザインなどの技術的な社内勉強会を開催し、パンフレット作成のお手伝いなども続けている。この工務店は「手刻みでつくる地域材の家」に特化し、若手大工のリクルートや育成にも一定の成功を収めていて、有名建築家も関西で家を建てるときに指名することが多い。

 2018年にそんな羽根建築工房のメンバーといろいろ話をしている中で、大工不足のこと、手刻みできる大工のリクルートや育成についてのことで盛り上がった。そして、こうしたテーマに取り組むような仲間を見つけて集まりをつくろうということになった。これが手刻み同好会発足の発端である。

手刻み同好会が目指すもの

 私がこの同好会を立ち上げたときに、その活動趣旨と考えたのは次のようなことである。

・ますます深刻になる大工不足への対応策を一緒に考える。        ・それは日本全体を視野に入れるようなものではなく、少なくともメンバーがそれに対応できるようにすることを目指す。                ・ここでは、とくに手刻み大工にはこだわらない。             ・墨付け、手刻みといった日本の伝統的な大工技術の発展的な継承をどう図っていくべきかを一緒に考える。                    ・これも日本全体を視野に入れるようなものではなく、まずはメンバーがそうした技術を少しでも向上させ、1棟あたりの手刻みでつくる部分を少しでも増やし、1棟でもよいから手刻みの家を実際に建てながら、手刻みできる大工を目指したい若者のリクルート法や育成法を見い出していくことを目指す。                                 ・そこで可能であれば、たとえばメンバー全体で手刻み大工の教育や共有を行うようなことも視野に入れる。                       ・また、手刻みでつくる家の意義や魅力をメンバーで整理し、それをメンバーのお客さんが見るようなものとして(たとえばホームページやパンフレット)作り上げる。

 今後どのようにこの同好会が進んでいくかはわからないが、ここで書いたような動きをすることで「ある種の成功例」を生み出し、それが地域に、そして日本全体に自然に広がっていくというイメージを持っている。

 大工不足の対応も手刻み技術の継承も、どちらも極めてハードルの高いテーマである。だからこそ、メンバーがひとつひとつ着実に「自分のもの」にし、そこから少しずつ広げていくというアプローチしかないと思っている。

 こんな活動に興味を持った方がいたら、連絡をしてきてほしい。



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