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あにの 運動会の話

 残暑と台風を乗り越え、10月にはいり急に涼しく秋めいてきた今日このごろ。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
 あには、猛暑の間身を潜めていたあいつらが急に湧いて出てくるようになって、憂鬱と倦怠の毎日です。はーあ、いなくならないかな……客。


 さて、運動会の話。

 再三申し上げておりますが、あには今も昔も運動が大嫌い。もちろん運動会も大嫌い。小学生のときは運動会が近づくと毎日のように競技と行進の練習。それはそれはしんどい日々でした。
 せめてもの救いが赤組と白組の二組だけなのと、運動会のためだけにクラスの中を赤白に分けてチームを作るので帰属意識が薄く、多少運動音痴がへまを打っても戦犯扱いされないことでした。息子たちの小学校は学年を縦割りにしたクラス単位でポイントを競い合っているので、配点の高い全員リレーで転んだりした日には翌日から教室に机がなくなっていることでしょう。恐ろしい。

 あにが小学生の頃は、学校の運動会以外にも、地域の子供会のようなものが開催する運動会がありました。そして、あにと違ってコミュニティに所属することの重要性を知る田舎者で、尚且つやたらコミュ力の高い両親の元、毎年のようになし崩し的に参加させられるのでした。やたら張り切って運動音痴のあににタメ口でダメ出ししてくる年下の名前も知らないやつとかいて本当に嫌だったなぁ。

 そんな地域の運動会。競技内容は毎年「リレー」だの「綱引き」だの「玉入れ」だの、小学校の運動会でもやるような(そしてあに少年の苦手な)競技ばかりだったのが、ある年急に

 二人三脚

 パン食い競走

 アメ食い競争

 障害物競走

 借り物競争

 キャタピラ競争

 のような、漫画でしか見てこなかったような競技がプログラムに並ぶようになりました。
 町内会の担当者に交代があったのでしょうか。
 運動は嫌いなあにですが、これらの、フィクションでしか見ることのないトキメキ度高め競技に実際参加できるなんて、ちょっとしたUSJ気分じゃないですか。徒競走だのリレーだのはクソクラエデス。

 

 まずあに少年がエントリーしたのは、障害物競走でした。
 本当はパン食い競走やアメ食い競争など、甘ちゃんが手に入る競技がよかったのですが、そういう種目はとうぜん倍率も高く、運動だけでなくジャンケンまで弱いあに少年は不貞腐れながら、数々の障害物に挑むのでした。

障!

害!

物!

競争!

説明!

 会場である小学校の工程に並べられた数々の障害物。
 まずは3段の跳び箱を飛びます。
 平均台を越えた先にある網をくぐり、最後は用意された縄跳びを跳びながらゴールまで走っていくという、町内会の担当者が小学校の先生を拝み倒して使用許可を得たであろう数々の用具を用いた意欲作です。
 出場選手は3列に並び(用具の数が3組しか用意できなかったのでしょう)順番を待ちます。個々の障害は体育の時間にある程度はやったことのあるあに少年ですが、先に出走する選手たちの様子を観察します。

 跳び箱で上に載っちゃう子。

 平均台を途中で落ちて最初からやり直しになる子。

 縄跳びで引っかかる子。

 先人たちの失敗を観察した、運動は苦手なるも聡明なあに少年。早々にこの競技の核心を捉えました。

 
 やがてあに少年の順番が回ってきます。

 スターターピストルの発砲音とともに一斉に走り出す選手たち。あに少年は安定の出遅れです。各選手まずは跳び箱3段をそつなくこなします。やや遅れてあに少年もこれくらいは無難にこなします。平均台を駆けるように渡る選手たちですが、あに少年やや慎重に渡っております。おそらく体育館のバレーボールのネットであろう網(よく借りれたな)をくぐり抜け、あに少年が縄跳びを手にした時にはすでに5メートル以上の差がついております。全長100メートルもないコースでこの差は致命的か……片方の選手は駆け足跳びで、縄1回転に付き1歩走るボクサースタイル。自然と早くなる縄の回転とトッ、トッ、トッ、というリズムが運動神経の良さを伺わせます。もう1人の選手は縄1回転中に2歩進み、トトッ、トトッ、トトッ、と利き足で踏み切るスタイルです。
 先行する二人を眺めるあに少年。顔には思わず笑みが漏れます。

「勝った……!」

 この競技、説明の段階では「縄跳びを跳びながら走る」としか言われておりません。つまり先行する二人のような駆け足跳びをする必要はない……この競技の正解はこれだ!

 極めてスローなペースで回転する縄跳び。

 一度飛んでからつぎに縄が回ってくるまでに、出来得る限りのスピードで走るあに少年。

 この競技の正解のリズムは

トッ、トッ、トッ

 でも

トトッ、トトッ、トトッ、

 でもありません。
 あに少年の

トトトトトトトトトッ、トトトトトトトトトトッ、

 これです!
 もう圧倒的爆速!
 先行する二人を風のように、ゴボウ抜き。圧倒的な差でゴールテープを切るあに少年!
 こういう競技に必要なのは体力じゃないんだよ! 頭の良さなんだよ! 君たちが普段から休み時間にサッカーやらドッヂボールやらやっているあいだにも本を読んで身につけたこの優秀な頭脳が運動会という場でついに日の目を見る時がきt

「はい、君ちゃんと飛んでないから失格ねー」

 ゴールした選手を勝った順に並べる係のおじさんにあっさりハネられるあに少年。

 なんでや!

 あにはレギュレーションのゆるいお遊びゲームが苦手です。



 大人の不当な弾圧によって1等賞を逃してしまったあに少年。
 しかし今日出走登録されているレースはこれだけではありません。


キャタピラ競争

 ご存知、ダンボールで作ったキャタピラ(履帯)の中に入り、ハイハイでゴールを目指すという、作成の手間と競技時間がかかるので小学校の運動会では採用されないのであろう、みんな一度はやってみたいトキメキ競技。

 今回もあに少年は自分の順番が来るのを待つ間、先に出走する選手達を観察します。

 ダンボールがうまく回らず前に進めない子。

 前が見えなくてあらぬ方向に進んでいってしまう子。

 先人たちの失敗を観察した、運動は苦手なるも聡明なあに少年。早々にこの競技の核心を捉えました。

 今度こそ勝てる……!

 やがてあに少年の順番が回ってきます。

 スターターピストルの発砲音とともに一斉に出走する選手たち。

 順当に出遅れるあに少年。まずは通常どおり、ハイハイで進んでいこうとします。

ズッ…

ズズッ……

 ダンボールキャタピラ、思ったよりもうまく進みません。
 ならばさっそく秘策を使ってみようじゃありませんか……!


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 まだ幼稚園に通い始める少し前。
 あにくんは母に連れられて、近所の文化センターのホールで行われる、幼児体操教室に通っていました。
 体操といっても大したことはない。ついこの間まで4足歩行をしていたような、2足歩行もろくにできないような年代の子供達を集めて、床には体操用のマットを敷いて転んでも危なくないようにして、あとは子どもたちを放牧させたママさん達が、井戸端会議に花を咲かせたり、他所の子と交わる我が子を見て楽しんだりと思い思いに過ごすという極めて緩い集まりでした。
 誰と競うでもない。
 誰と争うでもない。
 歩けばすごい。走ればすごい。でんぐりがえりなんかした日には絶賛の嵐というこのゆるゆる体操教室、あにくんは嫌いではありませんでした。とくに他の子よりもちょっと早めにでんぐりがえりができたあにくんは、いろんなママに「すごいねー」「じょうずだねー」と褒められてご満悦でした。
 それを面白く思わなかったのでしょうか。ある日、1人の女の子があにくん言いました。
「あんたのでんぐりがえりと、あたしのハイハイ、どっちがはやいかしょうぶよ!」
 あにくんだけが上手にできて褒められるでんぐりがえりに嫉妬したのでしょうか、突如勝負を挑んできた女の子。あにくんはたくさん褒められて自己肯定感の塊になっているので、快く受けてやることにしました。

「「よーい、どん!」」

 二足歩行は未だ怪しいながらも、4足歩行もといハイハイならそれなりのキャリアを持つ女の子。パタパタパタパタと、そんじょそこらの幼児では出せないスピードでハイハイしていきます。
 しかし所詮は愚鈍な四足歩行。あにくんの敵ではありませんでした。

ゴロンゴロンゴロンゴロンゴロンゴロン

結果

圧勝

 負けて泣き出す女の子を見て、子供の相手って大変だなと思うあにくんなのであった。

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 閑話休題

 ダンボールキャタピラの中で前転を繰り返すあに少年。
 あにキャタピラはすごい勢いで周りのキャタピラに追いつき、そして追い越して行きます。
 普段靴を履いて歩いているときはなんとも感じない校庭の地面の固さが、ダンボール越しにあに少年の頭にダメージを与えてきます。
 連続の前転は、思った以上にあに少年の目を回し、だんだんどっちを向いているのかわからなくなってきます。
 今自分がどっちを向いているのか。
 ゴールまであとどのくらいなのか。
 キャタピラの横から見える、ぐるぐると回転し続けている景色からはどちらも読み取ることができません。
 しかし他のキャタピラが追い上げてくる様子はありません。あとほんの十数メートル進めば、あともう少しだけ我慢すれば、勝利の栄光が我が手に!
 完璧に、圧倒的に、優しょ……


ベリッ


 謎の……謎ではない、何が起きたかを雄弁に語る、ダンボールが破れる音。

 あに少年が敗れる音。

 開ける視界。

 広がる空間。 

 突如校庭のど真ん中に大の字で放り出されたあに少年。
 
 10月の秋空は、とてもとても青く、高く、澄んでいました。

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