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とある少女の初恋物語
「おはよ〜」
いつもと変わらない朝。
朝食がのったトレイをテーブルに置いて、先に食べ始めていた友達に挨拶する。
「おはよう、ひいちゃん!」
ニコッと笑いながら、大阪弁で挨拶を返してきてくれたのは、田村保乃ちゃん。
入学してすぐの席順で、隣どうしになったことがきっかけで仲良くなった。
一人で福岡から来て、不安だった私に優しく声をかけてくれたのは、すごく嬉しかった。
「おはよ〜! って、ひかる。いつもより起きるの早くない?」
少し驚いたような顔でそう言ってきたのは、これまた友達の松田里奈ちゃん。
学級委員長で、元気な真面目ちゃん
って感じの、とにかくいい子。
保乃:そうやな。いつもは、朝食時間のギリギリに来るのに
ひかる:朝練があったから、早起きしなきゃいけなかったの
保乃:じゃあ、ほのと一緒やな!
3人で仲良くお喋りしながら朝ご飯を食べてると、新しいメンバーがトレイを持ってやって来た。
「おはよう!」
「おっは〜!」
「おはよぅ.....」
上から順に、武元唯衣ちゃん、山崎天ちゃん、藤吉夏鈴ちゃん。
3人とも同じクラスで、みんな寮暮らしってこともあってすぐに仲良くなった。
私達が入学した櫻坂高校には寮があって、私や保乃達みたいな地方組が暮らしてる。
ひかる:2人とも朝から元気だね
保乃:夏鈴はめっちゃ眠そうやけど...笑
武元:徹夜で数学の課題やってたんだって
目が半開き、明らかに寝ぼけた様子で朝ご飯を食べてる夏鈴。
そういえば、夏鈴って勉強苦手って言ってな
入学して何日か経った時に、夏鈴自身がそんなことを言ってたのを思い出した。
保乃:あれ? 課題なんてあったん?
ひかる:うん。授業の最後にプリント配られたじゃん
保乃:何やそれ!? ほのやってへん!
武元:出さないと放課後居残りだってよ
あぁ、だから夏鈴は徹夜でやったのか
保乃:嘘やろ!? そんなの聞いてへんし!
松田:しっかりと先生言ってたよ。あっ、たしかその時、保乃寝てたね
保乃の隣の席のまりな。保乃が寝てるのをちゃんと見てたみたい
天:ドンマイ保乃!...笑
保乃:そんなぁぁぁぁぁぁ!!!
時は経ってお昼休み。
いつもみたいに、まりなや天達と一緒に学食でお昼ご飯を食べてると、
保乃:聞いてやみんな! 先生にめっちゃお願いしたら、補習なしにしてくれた!
朝食の時とは違って、すっごい笑顔の保乃が来た。
授業が終わったら速攻で教室を出て行ってたけど、先生に直談判しにいったんだね
夏鈴:えっ、それズルくない?
徹夜して課題をやった夏鈴は、不満そうな顔をして訴える。
夏鈴と同じく、私もそう思う
保乃:いや〜、大会前だからどうにかなりませんか? って言ったら、「そうか。なら、仕方ないか」だって
先生の真似をしながら、そう言う保乃。
いや、先生甘すぎでしょ
松田:そっか。もうすぐインターハイの予選だもんね
保乃:そうなんよ。あぁ〜、アカンわ。今から、もう緊張してる......
ひかる:ふふっ、保乃は一年でメンバー入りしてるからね...笑 さすが推薦入学!
保乃:もう! プレッシャーかけんとってな! ていうか、ひいちゃんだって、大会あるやん!
ひかる:私は選手じゃなくて、マネージャーだから。いくら気が楽だよ
バレー部で、期待の新入生エースとして有名な保乃と違って、私はバスケ部のマネージャー。
中学までは選手として試合に出てたけど、中学でやりきった感が出ちゃったから、高校からはマネージャーになった。
天:あっ、そうだ! せっかくだし、みんなで応援しに行かない?
松田:それいいね! たしか、大会の日は休日だったはずだし
麗奈:れなも行く〜!
武元:私も行くよ!
夏鈴:みんなが行くなら、私も行こうかな
私と保乃以外は、みんな部活に入ってなかったから、
天:じゃあ、決まりだね!
みんなで応援しに行くことが決定した。
けど、ここでひとつの問題が生まれた。
それは、夏鈴の口から出たことで、
夏鈴:でも、どっちの方に行くの?
松田:あっ、たしかに。バレー部とバスケ部って、会場違うよね?
保乃:そうやな
まりなが言うように、保乃のバレー部と私のバスケ部、それぞれの大会の会場は別々。
しかも、お互いの会場までは車でもそれなりに時間がかかる距離だった。
ひかる:だったら、保乃の方行きなよ。私はマネージャーだから試合に出ないし
松田:んー、それはそうだけど、ひかるにも会いたいし.....
保乃:一応やけど、両方行けると思うで
天:えっ、そうなの?
保乃:まあ、バスケ部次第やけど
夏鈴:どういうこと?
保乃:ほら、真人のアホがバスケ部におるやろ? バスケ部が最終日まで残ってたら、家族で応援しに行く予定やったの
麗奈:そっか、真人くんバスケ部だったね
保乃の言う「真人」とは、保乃の双子の弟くんのこと。
そして、保乃が言うには、バレー部はバスケ部よりも一日早く大会が終わるらしい。
それで、バスケ部が最終日まで勝ち残っていたら、田村家で応援しに行くということらしい。
松田:なるほど、そういうことか〜
武元:じゃあ、最終日以外は保乃の応援ってこと?
麗奈:だねっ!
天:さんせい〜っ!
夏鈴:てかさ、そもそもバスケ部は最終日まで残れるの?
天:あっ.....
麗奈:あっ.....
いや、そこで黙んないでよ.....笑
夏鈴:えっ、なんかごめん.....
松田:マネージャーのひかるさん。どうなんですか?
ひかる:んとね、今年もいけると思うよ。乃木高が反対側にいるから
保乃:それ、真人も同じこと言うてたな
天:乃木高って、あの乃木高?
ひかる:うん。その乃木高だよ
保乃:ほの達も、順調に行けば決勝で乃木高とあたんねんけど
武元:おぉ、なんか運命的な感じ....笑
保乃:先輩達、「打倒乃木高!」って、めっちゃ燃えてるんやで
夏鈴:乃木高ってあれでしょ? なんか凄い人達がいっぱいいる
麗奈:あと、美男美女がたくさん!
松田:あははは.....そうだね...笑
そして、迎えた東京都予選。
開催場所の会場には、都内の高校バスケ部が集まってた。
"おい、あれ。櫻高だぞ"
部員でまとまって通路を歩いていると、他校の人達の話し声が聞こえてくる。
どれもこれも私達に向けた内容。
ひかる:みんな、すごいこっち見てきますね
先輩マネ:まあ、うちは全国常連だからね。自分達で言うのもあれだけど、他校からマークされてるよ
櫻高の最近の成績は、去年のIHベスト8。ウィンターカップはベスト4となかなかいい結果。
なんて会話を先輩としてると、
「ひかるちゃん! 荷物持とうか?」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは保乃の双子の弟の真人君だった。
身長は私より断然大きくて、保乃と双子ってこともあって顔もかっこいいと思う
でも、私のタイプではないかな?
ひかる:ううん、これくらい大丈夫だよ。それよりも、調子どう?
真人:もちろんバッチリだよ! 過去一ってくらい!
ひかる:ふふっ、それはよかった
真人:この大会優勝して、俺がひかるちゃんを全国に連れてくよ!
ひかる:うん、応援してるよ。でも、まずは試合に出れるように頑張って
真人:ちょっ、かっこよく決めたのにぃ〜!!
そして、始まった都大会。
私達、櫻高バスケ部は選手みんなの活躍で順調に勝ち進んでいって、今日はいよいよ準決勝。
つまり、この前のお昼に言った通り最終日まで残った。
保乃:ひいちゃん! 来たで〜!!
テンションが高い保乃を先頭に、私服姿のみんなが応援に来てくれた。
ひかる:ありがとね〜
天:てか、凄いじゃんひかる! ほんとに最終日まで残ってるし!
松田:いや、櫻高のバスケ部って結構強いんだよ?
井上:このまま優勝狙えるんじゃない?
ひかる:あっ、梨名も来てくれたんだ!
井上:うん。天達に誘われたの! 昨日とかも保乃の応援一緒に行ったんだよ
ひかる:そうなんだ。あっ、保乃。全国出場おめでとう!
保乃:ありがと! でも、乃木高にストレートで負けて準優勝だけどね....笑
ひかる:それでも凄いじゃん
松田:そうだよ。決勝戦の保乃、すごいかっこよかったよ!
天:うん! バシッ!って、スパイク決めた時とかやばかったもん!
麗奈:ほのちゃんが男の子だったら、れな好きなってるよ!
保乃:えぇ〜、そんなに褒められると照れるやん!
みんなに褒められて、照れる保乃。
可愛いな、おいっ!
って、あれ?
ひかる:ねぇ、まりな。夏鈴と唯衣ちゃんは? 一緒に来たんじゃないの?
来てくれた人達の中に、夏鈴と唯衣ちゃんの姿がなかった。
松田:あっ、2人は自販機で飲み物買ってるよ
ひかる:あ〜、そっか
その後、飲み物を買ってきた夏鈴達も合流して、みんなと他愛もない会話をしていると、
先輩マネ:ごめん、ひかるちゃん。ドリンク作ってきてくれる?
先輩から頼み事をされた。
ひかる:わかりました!
保乃:ひいちゃん、頑張ってなぁ
天:応援してるからね〜!
みんなに送り出されて、下に降りる。
ボトルを持って、会場内の水道がある場所に向かう。けど、昨日まで使ってた所が故障中で使えなくなってたから、少し離れた場所に行くことになった。
ひかる:ふぅ....あと少しかな
持ってきたほとんどのボトルのドリンクを作り終えた頃、私に声をかけてきた人達がいた。
"おっ、こんなとこに可愛い子いるじゃん"
振り返ると、紺に緑のラインが入ったジャージを着た男の人が3人。着ているジャージから、黒山田商業高校ーー通称・黒商だとわかった。
"ねぇねぇ、君何してるの?"
ひかる:えぇっと、マネージャーの仕事を.....
"へぇ、君マネージャーなんだ。あっ、そのジャージ.....。君、櫻高かぁ〜"
"櫻高って、女子の顔面偏差値高い高校だろ?"
"俺達、次の試合まで暇なのよ。だからさ、少し付き合ってくれない?"
ひかる:い、いやです
最終日まで残ってることからわかるように、黒商は都内でもバスケの強豪校として知られてる。
たしか、今回の大会では、私達の逆側だったはず.....
ただ、もう一つ別の意味で知られていて、それが素行が悪いということ。
そういえば、「黒商には気をつけてね」って、先輩が言ってたっけ
あぁ、もう! なんで私がこんな目に合うの!?
神様っ! 私何かしました!?
なんてことを心の中で叫んでると、3人のうちの一人が私に近づいてきて、
"そう硬いこと言うなって、な? いいだろ?"
そう言って、私の腕を掴んだ。
ひかる:や、やめてくださいっ!!
私は掴まれた手を振り解こうとして抵抗したら、手に持ってたボトルが宙を舞い、中に入ってたドリンクが、私と相手にかかっちゃった。
"あーあ、濡れちまったじゃねぇか。どうしてくれんだよ? あァ!?"
ひかる:ご、ごめんなさい......
"こりゃあ、謝って済む問題じゃねぇから。詫びとして付き合ってもらうぜ"
ひかる:お願いです、やめてください....っ!
必死に声を出して抵抗するけど、やめてはくれない。しかも、ここは試合をしているコートから離れてるから、近くに人はいない。
"ちっ、痛い目みないとわかんねぇみたいだな!"
ドリンクがかかった人が、そう言って腕を振り上げた。
ひかる:っ....!!
ダメだ、殴られる!
そう思ったその時、
「おいっ、そこ邪魔!!」
すぐ隣にあった階段から、一つの人影が降ってきた。
いや、正確には、階段とこの場所の間にある壁を乗り越えたみたい。
その人影は、私を殴ろうとしていた人を踏みつけて着地した。
"な、なんだお前っ!?"
突然の出来事に、動揺してる黒商の人達。
身長は180cmよりちょっと大きいくらい。白の半袖Tシャツに下は黒のジャージを着ていて、上着の黒ジャージを腰に巻いたスタイル。
しかも、かっこいい.....
って、違う違うっ!!
「あ〜あ、だから邪魔って言ったのに。おーい、大丈夫か?」
踏みつけたことで倒れている黒商の人に、頬をペチペチと叩きながら呼びかけてる。
"痛ってなぁ! 何すんだてめぇ!?"
倒れてた人が、怒声を上げて起き上がった。顔から倒れたせいか、おでこが赤くなってて、鼻血も出てた。
「おっ、大丈夫そうだな。さすが男、頑丈だな。親御さんに感謝しろよ? じゃ、そういうことで」
相手の状態を確認すると、まるで何事もなかったかのように、この場から去ろうとした。
"おい待て! 素直に行かせる訳ねぇだろ!"
そこを立ち塞がって妨害する黒商の人達。
「ちょっ、マジで邪魔。早くトイレ行きたいんだけど。俺がここで漏らしてもいいわけ?」
どうやら、この人はすぐそこにあるトイレに行きたいみたい。
それも、かなり緊急事態みたい
けど、そのトイレのドアの前には黒商の人がいて、そのせいで入れないでいる。
"んなもん、知らねぇよ!!"
そう叫ぶ鼻血を出した黒商の人が、自分を踏みつけた張本人に殴りかかった。
ひかる:危ないっ!!
私は、咄嗟にそう叫んだ。
けど、
「お前ら、マジで何なの?」
余裕そうな顔で、黒商の人のパンチを止めていた。
しかも、片手で。
「ねぇ、人のこと殴っちゃダメって教わらなかった?」
"はァ? てめぇ、何言ってーーって、痛てででてでっ!!!"
急に騒ぎ始めた黒商生その1さん。
「ちょっと、聞いてる? 人の話はしっかり聞くってことも教わらなかったの?」
"痛てぇええ゙え゙ええっ!! ちょっ、マジで離せっ!"
掴まれてる拳を抑えて痛がってる。
多分だけど、この人がすごく強い力で握ってるんだと思う。ミシミシって音が聞こえてきそうな感じ?
すっごい痛いんだろうなぁ
だって、黒商の人、すごいバタバタしてるもん
「おい、俺の質問に答えろよ。まったく、失礼な奴だな」
いやいや、手が痛すぎて答えられないんでしょ
"くそがっ! てめぇ、タダじゃ置かねぇぞ!"
「はぁ....まったく。暑いからって、そんな怒んなって。少し頭冷やして、冷静になれよ。な?」
そう言って、手に持っていた水のペットボトルを黒商の人の頭にかけた。
「うん、これでよし。サッパリしたな。俺に感謝しろよ?」
"何しやがんだ、てめぇ! おい、こいつぶっ殺せ!!"
水をかけられた黒商生その1さんが、一緒に来ていた2人に呼びかける。
けど、その2人はその場から動こうとしない。
"おい、お前ら! 何してんだ! 早くしろっ!"
"そ、そいつ.....乃木高の岩本だ....。2ヶ月前に馬羅高を潰した奴だっ!!"
そう叫んだ瞬間、黒商生その1さんの顔がみるみる青ざめていく。
馬羅高って、たしかすっごく危ない不良高校じゃなかったっけ?
"お、お前....."
「あっ、いや、潰したのは俺じゃなくて先輩ね。俺は何もしてないよ。ただ、そこのトップをこう、ちょっとボコボコにしただけ」
ちょっとボコボコって何?
てか、トップって一番強い人でしょ?
その人倒したんなら、不良高校潰したってことじゃないの?
"ち、ちくしょう.....っ! 覚えてろよ!"
漫画で見るような定番の捨て台詞を言って、逃げるように走っていった黒商生達。
「マジで、なんだったんだ?」
ひかる:あ、あの....!
お礼を言うために声をかけると、彼は驚いたようでビクッとなった。
「えっ、いつからいた?」
ひかる:いつからって、最初からずっといたよ
「嘘.....。ちっちゃくて気づかなかった」
ひかる:むぅ....ちっちゃくないっ!
身長のこと気にしてるのにっ!
「いやいや、それは無理あるだろ...笑」
そう言って、いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべる。
「てか、俺に何か用?」
ひかる:あっ、そうだった。ごほんっ、助けてくれてありがとっ!
私がお礼を伝えると、彼はポカーンとした表情になる。
「えーっと、俺、何かしたっけ?」
ひかる:私、さっきの人達に絡まれての。それで、殴られそうになった時に助けてくれて
「あー、ナンパか。可愛いと大変なんだなぁ.....」
ひかる:えっ、か、可愛い....っ!?
ちょっと、いきなり何言ってんのこの人!!
「てかさ、今更だけど何で濡れてんの?」
あっ、すっかり忘れてた
ひかる:えっと、さっきの人達に腕掴まれて、その時にボトルが中身がーーって、何してるの!?
私がなんで濡れたかを説明している途中で、彼は私の腕を取って匂いを嗅いでいた。
「うわっ、これポカリじゃん。早く拭かなきゃ、絶対ベタベタになるやつじゃん」
なんてことを言って、心配してくれてると、
「あっ、○○! やっと見つけた! 奈々未さんが呼んでたよ!!」
すごい可愛い子が、隣の階段からヒョコっと顔をのぞかせて現れた。
「おっ、美月いいとこに来た。ちょっと、これ借りるぜ」
美月:あっ、私のヤドンタオル〜っ!
そう言って、美月って呼ばれた子が首にかけていたタオルを渡してくれた。
「ほら、これ使って拭きな」
ひかる:えっ、でも、その人のタオルじゃ.....
「んなことは気にしなくていいから。な?」
美月:ちょっと、○○が言わないでよ! あっ、でもほんとに使っていいよ! なんか困ってるみたいだし!
ひかる:あ、ありがとう
2人の優しさに甘えて、濡れた部分を拭いていく。借りたタオルには、ポケモンのヤドンがいた。
「んー、顔とか一応拭けたみたいだけど、ジャージがまだ濡れてんな」
ひかる:こ、これは、別にいいよ
なんでかわかんないけど、変に強がって言っちゃった。
「別にって、着替え持ってきてんの?」
ひかる:うっ.....持ってきて、ない
「じゃあ、ほい。代わりにこれ着な」
ひかる:えっ、ちょっ....!
腰に巻いていたジャージを、私の方に投げた。
「ブカブカかもしんないけど、そこは勘弁してくれ」
ひかる:あ、ありがと.....
濡れたジャージを脱いで、渡されたジャージに袖を通す。
うん、やっぱりすっごいブカブカ
袖から手が出なくて、大袈裟な萌え袖みたいなってるし、裾は太ももを半分くらいまで隠してて、彼シャツならぬ彼ジャージ状態
「ふっ、思ったよりもブカブカだったな...笑」
ひかる:ちょっと、笑わないでよ!
「あっ、悪い悪い...笑」
美月:ねぇ、イチャイチャしてるとこ悪いんだけどさ、○○。あとちょっとで試合始まるよ?
「えっ、マジっ!?」
美月:マジ。だから、奈々未さんに頼まれて呼びに来たの。全然戻ってこないからって
「俺まだ、トイレしてないんだけど.....」
美月:そんなのあと! ほら、行くよ!!
「えっ、ちょっ、それはヤバいって!! 漏れる! 試合中に漏れちゃうって!!」
美月ちゃんに腕を引っ張られて、無理やり連れていかれる○○くん。
ひかる:あっ、これ洗って返すから!!
「いいよ別に! ジャージもタオルもあげる!」
美月:ちょっと、タオルは私のなんだけど!!
「あとで新しいの買ってやるから」
美月:もう、絶対だよ?
「あっ、そうだ! 可愛いんだから、これからナンパとか気をつけろよ!? 」
ひかる:う、うるさいっ...///
あの2人と別れてから、残りのドリンクを作り終えて私は先輩達のところに急いで向かった。
到着すると、先輩達は心配してくれていて、遅れた事情を話したら、すごく怒ってくれた。
あっ、黒商の人達に対してね?
そして、無事に準決勝が始まった。
先輩のマネージャーがいるから、私は他の部員の人達と一緒に応援するためスタンドに。
すると、試合を観に来ていた保乃達と会った。
保乃:あっ、ひいちゃんやっと見つけた!
松田:探してもいないから、心配したよ
ひかる:ごめんごめん。ちょっと、他校の人に絡まれてて
松田:えっ、大丈夫だった!?
ひかる:うん。途中で助けてくれた人がいたから
保乃:そっか、ならよかった。その人には感謝やな
井上:てか、それってナンパじゃん!
ひかる:ん〜、そうなのかな?
武元:いや、絶対そうでしょ
麗奈:ふふっ、やっぱりモテるねぇ〜
もう! みんなでからかわないでよ!
夏鈴:てか、ひかる。そのブカブカのジャージどうしたの?
ひかる:あっ、これね。私のジャージが濡れたから、さっき助けてくれた人が貸してくれたの
天:何それ、漫画みたいじゃん!
保乃:その黒ジャージ、乃木高やん。えっ、助けてくれたの乃木高の人だったの?
ひかる:うん、そうだよ。同じバスケ部で.....あっ、ほら、今試合してるよ
絶賛試合中の○○くんを見つけて、みんなに教える。
松田:何番の人?
ひかる:うーんとね.....あれ、10番だよ! あっ、今点決めた!
ちょうど、ゴールを決めた○○くん。
なんでかわかんないけど、テンションが上がる。
保乃:10番、10番......あっ、あった。岩本○○君か〜。めっちゃかっこええやん! って、凄いやん。一年生で試合出てるんや!
大会のプログラムを見て、驚く保乃。
天:私にも見せて〜!
麗奈:れなも見た〜い!
みんな、保乃が持ってきたプログラムを覗き込むように見る。
そんなみんなとは別に、私はそのまま乃木高の試合を観る。
松田:ひ〜かるっ!
ひかる:うわっ! 驚かさないでよ、まりな
松田:ふふっ、そんなに集中して何見てんの?
ひかる:何って、試合だけど
松田:試合ね〜。それって、どっちの?
ひかる:も、もちろん櫻高に決まってるでしょ
夏鈴:櫻高の試合は手前のコート。ひかるが観てたのは、奥のコートだったけど
ひかる:うっ.....
まりなと夏鈴に気づかれてた。
夏鈴:自分のチームが試合してる時に、他所の高校の試合を観てていいの?
ひかる:だ、だって.....
松田:さては、惚れたな
ひかる:はぁ!?
夏鈴:絡まれてるところを助けられた。しかも、その助けてくれた人はイケメン。惚れる要素は十分あるね
ひかる:ちょっと、夏鈴!
松田:ふふっ、ひかるも普通の女の子だね...笑
ひかる:もう! まりなまで! 変なこと言わないで!
ニヤニヤしながら言ってくる2人に、私は必死に言い返す。
夏鈴:でもさ、さっきから否定はしないよね
ひかる:うっ.....
そうだよ! 夏鈴の言う通りだよ!
誰も助けてくれなくて、もうダメだって思った時に助けてくれたんだもん!
しかも、嫌味とか下心なんてなくて、素直に可愛いって言ってくれたし.....
松田:もう、可愛いな〜! このこの〜!
夏鈴の追及に言い返せなくなった私。そして、そんな私の頬っぺを両手でムニュムニュとしてくるまりな。
その後も試合は続いていって、そして、今年の都大会が終わった。
結果は、第3位。
ラスト7秒で相手に逆転されて、準決勝敗退。惜しくも、全国に行くことはできなかった。
みんな悔しくて涙を流していたけど、帰る頃には、ウィンターカップに向けて気持ちを切り替えてた。
3年生が残ることが大きかったのかも
その後、帰り支度が終わった人から帰り始めてて、マネージャーの私は顧問の澤部先生の車に部の荷物を載せていた。
ひかる:よいしょっと。先生、荷物全部載せました
澤部:ありがとな、森田
ひかる:いえ、これもマネージャーの仕事なので
澤部:頼もしいな。よしっ、今日はもう帰っていいぞ
ひかる:えっ、まだやること残ってるんですけど
澤部:大丈夫大丈夫。あとは俺がやっておくから。ほら、田村達が待ってるぞ
先生に言われて振り返ると、応援に来てくれたみんなが待っていた。
現地解散になったから応援に来てくれた保乃達と一緒に帰ることにしたのを忘れてた。
ひかる:すみません、ありがとうございます
澤部:おう、お疲れ!
澤部先生に見送られて、保乃達と合流。そのまま、帰ろうとしたその時、
ひかる:あっ、ちょっと待ってて!
人混みの中にいるあの人を見つけて、私は走り出した。
松田:えっ、ひかる?
保乃:ひいちゃん、どこ行くの!?
後ろからみんなの声が聞こえてくるけど、今だけは無視。
会場から出てくる人達の中にいる、6人くらいの集団を見失わないようにしないと
「あ゙〜、疲れだぁぁぁぁ〜!」
「お疲れ、○○。あと、優勝おめでとう」
「おぉ、サンキュ。てか、お前も優勝したんだろ? 美波」
「まあね〜」
美月:ねぇ! これから、○○達の優勝のお祝い会しない?
「いいじゃん、それ! 美月ちゃん、ナイスアイディア!」
「じゃあ、どこ行く? 夜ご飯食べれるところがいいと思うけど」
「ゆうき、お肉食べたいっ!!」
楽しそうに話してる中に、私は勇気をだして声をかける。
ひかる:あ、あの!
私が声をかけると、○○くん達が一斉に振り返る。
「えっ、誰この子?」
「私達に何か用かな?」
背の高い美人さんと肌が白い美人さんが、私を見て不思議そうな顔を向ける。
ひかる:えっと、ちょっと○○くんに......
「ん? 呼んだ?」
「この子がね、○○に用があるんだって」
「おい、○○! いつの間にこんな可愛い子を!」
美月:あっ、あの時の子!
私を見て、いち早く反応してくれた美月ちゃん。
ひかる:あっ、タオルありがとう
美月:いえいえ、困った時はお互い様だからね! で、○○に用だっけ?
ひかる:う、うん
「おっ、さっきのチビっ子じゃん」
ひかる:むぅ、だからちっちゃくない!
「ははっ、悪い悪い...笑 で、何か用?」
ひかる:え、えっと......
伝えるだけなのに、ここで持ち前の人見知りが出ちゃって、つい周り見てオドオドしちゃう。
「あ〜、なるほど...笑 ほら、みんな先に行ってよ」
それを察してくれたのかわからないけど、背の高い美人さんが、ここから離れるように他の人達を促してくれた。
美月:ちょっと、美波。どうしたの?
「いいからいいから」
あの人のおかげで、私と○○くんは2人きりに。
ひかる:え、えっと、さっきは助けれくれてありがとう。それと、優勝おめでとう
「おっ、ありがと。試合観てたんだ」
ひかる:うん。その、試合中の○○くんかっこよかったよ! あ〜、じゃなくて! いや、じゃなくないけど......
言いたいことがまとまり切ってないせいで、中々言いたいことが言えない。
ひかる:うぅぅ....上手く言葉が出てこない
「だ、大丈夫か?」
そんな私の醜態を見かねてか、○○くんが心配するように声をかけてくれた。
ひかる:ごめんね。無理やり呼び止めたのに......
あぁ....こんな自分が嫌になる......
そう思ってた時、ポンッと自分の頭に重みを感じた。
視線をあげると、○○の腕が伸びていて、私の頭に手がのせられてた。
ひかる:えっ.....?
「そんな顔すんなって。ゆっくりでいいから、な?」
ひかる:でも、友達待たせてるでしょ?
「んー、じゃあさ、今度会った時に聞かせろよ。今言えなかったことをさ」
ひかる:今度って、また会えるかもわかんないのに
「部活のジャージ着てここに来てるってことは、バスケ部だろ? だったら、今年の冬に会えるじゃん」
冬.....あっ、ウィンターカップ!
ひかる:わかった! その時にちゃんと伝えるね!
「おぉ、待ってるぜ」
ひかる:じゃあ、バイバイ
「あぁ、またな」
そう言って、私が遠慮がちに手を振ると、○○くんは笑いながら手を振り返してくれた。
ひかる:またな.....か。ふふっ...///
松田:な〜に、一人で笑ってんの?
ひかる:うわっ! な、なんでもないよ!
松田:なんでもなくないよ。ね、みんな?
保乃:そうやな。別れる時のひいちゃん可愛いかったで
天:こう、小さく手振っててね
保乃:そうそう!
保乃と天が、さっきの私の真似をする。
ひかる:もう! やめてよ2人とも!
恥ずかしすぎる.....!
麗奈:でも、ほんとに可愛かったよ
武元:うんうん。なんかもう、恋愛漫画の主人公みたいな顔してたね
井上:あっ、それわかる!
夏鈴:で、告白とかしたの?
その夏鈴の言葉に、みんなが興味津々な顔で一斉に私を見る。
ひかる:えっと、できなかった.....
そう私が答えると、みんなはわかりやすくガッカリしていた。
ひかる:で、でも! ウィンターカップの時にまた会おう、って約束したから
天:ん〜、まあ、悪くはないんじゃない?
保乃:うん、そうやな
松田:ひかるにしては、頑張った方だね
うぅぅ、そう言われるとなんか悔しい....!
松田:ひかるの告白も終わったことだし、このままみんなでお疲れ様会でもしますか!
井上:さんせい〜っ!
麗奈:れな、いっぱい応援したらお腹すいた〜!
保乃:じゃあ、みんなほの家来る?
夏鈴:いいの?
保乃:まっ、いけるやろ。真人も先輩達と食べてくるって言っとったし
天:それじゃあ、保乃の家にしゅっぱ〜つ!!
天の合図に続いて、保乃の家に向かおうとしたその時、
ひかる:あぁっ!
私は、あることに気づいてしまった。
夏鈴:ん? どうしたの?
いきなりの私の大きな声に、歩き始めていたみんなが足を止めて、こっちに振り向く。
ひかる:........忘れた
保乃:えっ、なんて?
ひかる:名前言うの忘れた.....
勇気をだして会う約束をしたのに、名前を言い忘れるという最大のミスをした
そして、そんな私の凡ミスを聞いて、
「「「「「「「えぇええええっ!!!?」」」」」」」
みんなの驚きの声が、夕方の空に響き渡った。
そして、月日は流れて、
一年後の櫻高にて
保乃:ビックニュースやで、ひいちゃん!
ひかる:どうしたの、保乃。朝からそんなに慌てて
夏休みが終わったばかりの朝の教室に、いつもよりテンションが高い保乃が走ってやってきた。
保乃:今日から、交換留学期間が始まるやろ?
松田:あ〜、姉妹校の乃木高と生徒を交換するってやつでしょ。それがどうかしたの?
保乃:そうそれ! で、ひいちゃん! その乃木高の生徒誰やと思う!?
夏鈴:何でひかる名指しなのーーって、まさか.....
保乃:さすが夏鈴ちゃん! よう気づいたなぁ!
松田:あ〜、なるほど。よかったね、ひかる。去年の冬の大会で会えなかったでしょ?
まりながそこまで言って、
ひかる:えっ、もしかして....!
ようやく気づいた。
すると、教室のドアを開ける音と一緒に、バスケ部の顧問で私達の担任でもある澤部先生がやってきた。
澤部:よしっ、さっそくだけど、姉妹校の交換留学で乃木高から来た子達を紹介するぞ!
うぅぅ、心臓がバクバクしてるぅ......
なんでかわかんないけど、今すぐにトイレに行きたいくらい緊張してきた。
でも、それ以上に期待が膨らんでくる。
澤部:3人とも、入ってこい!
澤部先生がそう言うと、女の子2人と男の子1人が入ってきた。
もちろん、3人ともオシャレだと有名な乃木高の制服を着ている。
澤部:それじゃあ、順番に自己紹介よろしく!
「えっと、乃木高から来ました。2年のーー」
あぁ、ようやく会えた
あの日伝えられなかった気持ちを、今度はちゃんと
ひかる:伝えるんだ
Fin
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