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香港人の香港の話

1997年、海外のインターネット最前線を取材する番組で返還直前の香港に40日間滞在した。当時の香港は、いち早くインフラが整備され、テレビのオンデマンドが準備され、モバイル普及率も非常に高く若者はページャーとの二台持ち、ITベンチャーもボコボコ生まれているという最先端っぷりだった。

高層ビル街もあれば看板だらけの市街もあり、すぐそばに海があって海鮮豊富。高級店から170円のめちゃ旨い海老ソバまで多種多様。街中にテニスコートが多く、夜はバーやクラブも盛況。雑多で自由でオシャレで活気があった。基本は広東語だが、簡単な英語と漢字の筆談でなんとか通じる。

街の飲食店には手書きの日本語メニューがよく見られ(ヘンテコはご愛嬌)、テレビでスマスマを放送していたり(なんと吹き替え)、30歳IT社長のおうちで日本のアニメのテーマソング映像集を自慢されたりした。日本へ旅行にいく人も多く、日本を親しいお隣さんだと思ってくれていた。

私自身、海外で暮らしたいと思うことは今も昔も無いのだが、「香港なら暮らせる」と思った。その後も仕事で各国を訪ねたが、暮らせると思ったのは香港だけだ。余談だが金山という店の「巨大シャコにんにく素揚げ」にスタッフみんなハマってしまい何度も食べに行った。余談だがまた食べたい。

自分はAD兼APで参加していたのだが、コーディネーターは北京語と広東語と英語と日本語が話せる女性で、歳が近かったのでよく雑談をした。香港はイギリスなのか中国なのか。香港の人々はイギリスと中国に対してどう思っているのか。いろいろな話を聞いた。

香港はイギリスの植民地だが、イギリスに対して特に好悪の感情を持っていないこと。かといって中国に属しているとも思っていないこと。香港には香港生まれ香港育ちの人と、大陸から来た人がいるが、大陸から来た人はそれをあまり言いたがらないこと。中国の人よりも、香港の人でいたいのだ。

香港の人たちの多くは「私は香港人だ」という。イギリスでも大陸でもなく、あくまで香港人であるという自認。返還後のことはまるで予想がつかないと不安を口にしていた。帰国後の7月、香港は中国に返還された。一国二制度になったことは、他国の事ながら良かったなぁと思った。

あれから22年。香港人のアイデンティティは風前の灯だ。行政長官選挙は中国側に有利な制度になっている。あれでは民主派は勝てない。今回の法改正が通ったら、一国二制度50年の約束も、ますます骨抜きにされる恐れがある。香港人の香港が失われてしまう。

香港人の香港なんて初めから無かったのだ。という人もいるだろう。でも、あったんだよ。彼らはそのなかで生きてきた。嫌なら国外へ出て行けという人もいるだろう。だが香港人が愛した香港は、香港にしかない。


※10/5追記。本noteの筆者は脚本家の野木であり、『逃げるは恥だが役に立つ』の原作者・海野つなみ先生とは無関係です。本noteを翻訳した記事が逃げ恥のタイトルと共に一部で出回りましたが、海野先生に迷惑をかけるといけないので誤解を呼ぶ表記はやめてください。野木個人としましては、香港がこれまで通りの平穏な日常を取り戻せることを心より願っております。香港加油。