Vaporwaveと革命の A E S T H E T I C

 Vaporwaveという音楽の存在について少し調べていた。音楽的には、1980-90年代の大量消費社会から生まれた耳馴染みの良い音楽を、ピッチを変え、スローにするなどした(こうした変形の様式をスクリュウと呼ぶ)形でサンプリングし、ループさせるといったていのものである。聴いているとノスタルジックな気持ちになると同時に、なにか不安をかきたてるところがある。
 サンプリングソースは害のないポップス、企業のCFなどのBGM、あるいはショッピングモールで流れているような平和な音楽(ミューザック)といった、あまりに簡単に消費されてきた、だがそれゆえ生活に気づかれず食い込んでいるような、そんな音楽だ。引き伸ばされた耳あたりの良い音楽は穏やかだがどこか恐ろしい。シューベルトの音楽を聴いているときのように、穏やかさの向こう側から、ほとんど地肌が覗いているような気がしてくる。そうしてしばらくすると、この地肌とは実は地肌など存在しないということなのではないかとうっすら思い至る。近づいていくと充実していたように見えるその存在に穴が空いて、向こう側が透けてしまうポリゴンのように、記憶を呼びさましたマドレーヌは存在していなかったのだとしたら。それなら、確かにここにあるこのノスタルジアはなんなのだろうか。
 大量消費の時代というのはイメージが際限なく生まれては消えていった時代だから、そうした記憶を懐かしむというのはディズニーランドのように、虚構を基にした虚構に遊ぶようなはかなさがある。しかしだからといって、悲しむには至らない。穴の空いたポリゴンが誘発するのは悲しみではなく、底の抜けたような諦めに似た何かだ。不在を悼もうにもそれはいなくなってしまったわけではなくて、初めからイメージでしかなかった。だが、それが明らかになったところでどうだというのだろう。何歩か離れれば、その穴はたちどころに塞がれ、また我々はノスタルジックな夢を見ることができるだろう。そうして見える景色は少し違っているかもしれないが、夢を生きている間はそこに何の問題もないはずだ。

 この10年紀の初めにインターネットの片隅で生まれたVaporwaveは、既に「死んだ」ジャンルとしてインターネット上で様々な形で歴史化がなされつつある。その盛衰を簡潔にまとめておく。音楽的なルーツを遡ると、Vaporwaveの源流はChuck Person(OPNことDaniel Lopatinの変名の一つである)のEccojams Vol. 1 (2010)とJames FerraroのFar Side Virtual (2011)辺りに定められるようだ。前者は80-90年代の音源の一部を変形しループさせるというVaporwaveの方法論を先取りし、後者はミューザックと呼ばれる商業音楽の極北を換骨奪胎することで、サンプリングが消費主義社会の行動様式に対する批判性の形式となりうることをより先鋭的な形で示していた。
 こうした先駆者達の仕事を受け、2011-2012年に似通った構造を持った音楽がインターネット上に次々と現れ始める。Laserdisc VisionのNew Dreams Ltd.Internet ClubのVanishing Vision、そしてジャンルの真のクラシックといえるMacintosh PlusのFloral Shoppe。こうした一連の動きにRedditのグループ内でVaporwaveという名を付けたのはInternet ClubのRobin Burnettだという説があるが、ともかくインターネットの片隅でのトレンドはひとつのムーブメントとなり、そこに多くのプロデューサーが合流していく。2011-2013年はVaporwaveが生まれ、そしても最も輝いていた時期と記憶される。
 2012年には、イギリス人音楽批評家のAdam HarperがDummyマガジンにVaporwaveについての重要な記事を書く。こうした動きによって、Vaporwaveの全貌は徐々に人々に知られ始めていった。しかしこの幸福な時期は、同時に運動の衰退の始まりでもあった。2013年には早くも、Vaporwaveは死んだとみなされ始めていた。その要因は様々考えられるだろうが、まず裾野の広がりが一部のカッティングエッジな人々に共有されていた理念の希薄化をもたらしたことが一つ。そしてまた、Vaporwaveという方法論が、少なくとも最初の形態においてはそもそも構造的に無限の再生産を許さず、自家中毒的に衰退に至ったとも考えられる。この点についてはまた後に触れよう。こうして現在に至るまで同様の死亡宣告を何度も受けることになるVaporwaveであるが、見かけ上の衰退の過程で2814の『新しい日の誕生』など重要な作品が現れていること、またVaportrapやFuture Funkなどさまざまなサブジャンルを生み出し続けていることから、その影響の枝は現代に至るまで伸び続けているといえる。

 このように比較的短命であったとも、比較的息の長いともいえるジャンルであるVaporwaveであるが、ここでは特に初期のもの、数年のうちで「死んだ」と言われているものに注目したい。Adam Harperは2012年の決定的なアーティクルののち2013年にもう一度Vaporwaveについて書くのだが、その中で「死んだ」と言われた後のVaporwaveの多くが、Hypnagogic popやChillwaveといった隣接するジャンルと変わらなくなってしまったと嘆いている。この二つのジャンルの音楽は実際、過去の音楽をサンプリングした上で変形し、ノスタルジアを掻き立てるという方法論で成り立っており、サンプリングソースの傾向などを除けば音楽的な構造はVaporwaveとほとんど変わらない。では一体何が初期のVaporwaveをカッティングエッジにしていたのだろうか。耳障りの良い音楽を切り貼りしたに過ぎないかのような外見、その貼りついたような笑顔の下には何が滾っていたのか。
 ジャンルの最重要人物のひとりであるVektroidことRamona Xavierはこう語っている。「スクリュウミュージックはもうかなり前からあって、私たちがやったのはただ、スクリュウが知覚される上での文脈を、それが受け取られる方法を、変えることだった」。いささか抽象的で判りづらいが、ここで言われていることとは、Vaporwaveはスクリュウそのものを変化させたわけではなく、コンテクストを変えることでその意味合いを変えたのだということである。その意味合いとは何か。Internet ClubのRobin Burnettは、ストックミュージックや企業広告に用いられた音楽を変形させて用いることについて、「我々がもはや気づかないくらいに当たり前になってしまった物事を異化する」狙いがあったと話す。異化とは距離を置いて見ることを強いることで、物事が別の仕方で現れてくるようにすることである。ICの発言は、そうした距離を置く方法の一つとしてサンプリングソースの変形があったのだというふうに解釈できよう。スクリュウは一つの新しい聴覚的体験の方法論であったが、Vaporwaveはそこに含まれる異化効果に意識的であり、それを政治的に利用した。
 実際に、Vaporwaveはその始まりから政治的であった。Vaporwaveという呼称のルーツの一つには、vaporwareというソフトウェアに関する語が認められる。vaporwareとはリリースがアナウンスされながらも結局は日の目を見なかったソフトウェアのことを指す。存在はしないがイメージだけが流通するソフトウェア、それらは言わばソフトの亡霊あるいは夢のようなものだと言って差し支えない。そしてまた、呼称はマルクスの一節、「すべて形あるものは気体となって蒸発する」に関係するという。「生産様式は絶え間なく発展し、社会情勢は常に乱され、生の不安定や扇動には終わりがない。こうしたことが、ブルジョワの世紀を以前のものとは違ったものにしている。全ての固定した、速やかに凍りついてしまった関係は、一連の古くからの由緒ある偏見や意見などとともに投げ捨てられ、新しく作られたものも固着する間もなく古びていく。すべて形あるものは気体となって蒸発し、すべて聖なるものは俗化され、そうして人間はついに、自身の生の本当の条件に、自身の同類との関係に、覚めた感官でもって向き合うことを余儀なくされるのだ」(『共産党宣言』)。Vaporwaveという呼称には既に、夢つまり現実のヴァーチャルをもって行う現実の批評という含意が見て取れるわけだ。

 消費主義社会の告発という身振りそれ自体にはもう特に面白みはないが、それでもVaporwaveが興味を惹くのは、それが対象に対する告発と賛同を同時にしているように見えるからだ。Vaporwaveは夢が夢であることを告発するが、それを夢を見ながら行う。あるいは夢を告発しつつ、その夢の中でたゆたう。ここで問題になっているのは、夢を夢として直接に暴き立てることではなくて、気づかない素振りをしながら夢を見続けつつ、同時にそのことを意識せざるを得ない状況を作り出すというアイロニカルな身振りだ。ウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』で描かれるように、夢を俯瞰で見続けられる場所はこの世の中には存在しない。その夢を覚ますことができるのは、夢を見ているものだけなのだ。
 そしてそれは賛同に見せかけた告発でありながら、同時に告発に見せかけた賛同でもある。Harperも言うように、Vaporwaveが「資本主義に対する告発であるか降伏であるか」、それは「同時にどちらでもあり、どちらでもない」。我々は作家たちの発言でもって意図を裏付けるという手続きをとったわけだが、こうした手続きが必要だったのは、James Parkerが書いているように、Vaporwaveはミューザックについてのものであると同時にミューザックそのものでもあるからだ。Vaporwaveの魅力の一つは批判性であるが、ノスタルジックな、あるいは奇妙にアップリフティングな音楽の表面を消費する快楽もその一つであることは否定できない。そもそもMallsoftFuture Funkなどのサブジャンルは、Vaporwaveのこうした側面を拡大解釈して成立しているジャンルのように見える。正統な嫡子であるかどうかはともかくとして、それらも十分にVaporwaveの血統を名乗る資格があるわけだ。
 Vaporwaveはハイコンテクストだが、テクストのないコンテクストは存在せず、その二つは不可分である。非常に面白いことに、勃興期にムーブメントの担い手となったLaserdisc VisionやMacintosh Plus などのアーティストは実はRamona Xavierなる人物の膨大な変名プロジェクトの一部であり、最初期のVaporwaveという現象は自作自演の趣きがあったことがわかっている。撹乱する愉快犯のような意図もあったのかもしれないが、そもそもVaporwaveとは一つの批判性、一つの関数であり、そこに異なった値を代入してアウトプットを試すという意味合いがあったのではないだろうか。その意味で、プロジェクトが短命に終わるのは必然であったといえるだろう。Vaporwaveがユートピズムの探求であったのはおそらく確かだが、それは焼畑のように、ユートピズムの各領域を消費して行くことで作られていたのだから。そしてまたオリジネーターたちも、単に批評的側面のみを考慮していたわけではなかった。彼らの立場は奇妙にアンビヴァレントである。Ramonaの音楽は消費主義社会、ハイパーリアリティ、拡張現実などに影響されながらも、それは「他の人が立ち入ることを許されない、脳の中の隔離スペースのような、パーソナルな場所」から来ているという。ICのRobin Burnetはドゥボールに影響されたと語りつつ、彼の音楽がジャーナリストによって「マルクス主義的プランダーフォニックス」に貶められたと嘆く。彼らの音楽の中では批判性は批判対象と融解して一つになっており、聞き馴染みの良い音の表面に拘泥し続けるのと同じくらい、(ちょうど我々が試みてきたように)コンセプトを純粋に抽出しようとすることはナンセンスであるばかりか、実体を裏切ることになるのだ。

 こうなってくると、むしろ増殖し続けるサブジャンルが示すように、後世から振り返ったとき、Vaporwaveの重要性は新しい聴覚上の体験、いわゆる音楽性に、そして音楽性のみに認められるのかもしれない。我々はVaporwaveの真価を探ろうと見えている表面の裏側に回り込んだわけだが、そこで出会ったのはまた同じ表面であったというわけだ。この目眩がするような事実から何が言えるだろう。先に言ったように、消費主義を糾弾するのはあまりに容易い。それはある意味で、消費主義に対する糾弾を消費してしまうことに他ならない。Vaporwaveは消費主義に対する批判的態度であったのだが、それは消費されることに対する抵抗をも中に含んでいるような態度だった。裏が表であり、表が裏でもあるようなそれは、自らが消費に取り込まれそうになるとひらりと身を躱す。言われるように、Vaporwaveはインターネット・エラに浮かんでは消えていった泡沫のような一ジャンルにすぎなかったのだろう。しかしそのポップアート的な振る舞いは、もはやプロテストソングが不可能になった世界における、プロテストソングの極めて現代的なあり方を示しているように思われる。現代も革命がテレビ中継されることはないだろうが、インターネット・ストリーミングされるもっとも体制順応的なコンテンツの裏側で、それは起こっているのかもしれない。Ramona Xavierはこう語る。「私は、我々ミュージシャンはミュージシャンとして、世界に反応することがとても大切だと思っている。私はどこかで、プロテストソングの時代を懐かしんでいるのだと思う。あらゆるものがプロテストソングである現代において、最も効果的な社会に対するコメンタリーは、対話を欠いたものだって、本当にそんな気がしている。」


※ 試みとしてハイパーリンクを試してみたが、あまりうまくいかなかったかもしれない。同一のリンクばかりで辟易されたらごめんなさい。下に参考にした記事の一部についてリンクを貼っておくので、興味のある向きは参照されたい。

1. https://www.dummymag.com/features/adam-harper-vaporwave : Adam HarperがDummy Magに投稿したもので、Vaporwaveに関する最も基本的な文献と思われる。Internet ClubやVektroidに対する貴重なインタビューも載っている。英語。

2. https://www.dummymag.com/features/essay-invest-in-vaporwave-futures : 上の記事の第二弾。第一弾から時間が経った後の状況を扱っている。ほか、歴史的な観点だと、WikipediaのVaporwaveの項が最もまとまっていると思う。英語。

3. https://daily.bandcamp.com/2016/06/21/vektroid-interview/ : Vektroidのインタビュー第二弾。英語。

4. https://www.tinymixtapes.com/music-review/internet-club-vanishing-vision : Internet ClubのVanishing Visionのレビューだが、問題の所在がわかりやすくまとまっていると思う。英語。

5. https://ameblo.jp/chocolat-et-framboise/entry-12327867187.html : 日本語で読めるVaporwave関連の記事の中では最高に興味深いものの一つ。このサイトは関連のエントリーも多く、3の記事も日本語で読める。

6. 自己責任でどうぞ。

ほか、ele-kingの記事など参考になった。

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