見出し画像

不謹慎とは思いつつ


夫がいわゆる看取りとなって3週間経とうとしている。

宣告された時は見るからにそんな様子で子どもたちも呼ばれた。
大部屋から個室へと移されて「付き添いベッドはどうしましょう」と言われればもはや"そう"なのだ。

だがしかし、今日か明日かもと言われながら日々変動する体調。昨日は笑顔で今日はしんどそう。波が激しい。
近しい方の面会を済ませ、県外の長男を帰し遠方の次男を帰し、2週間目にはとうとう私だけの面会になった。

15年前にクモ膜下出血で四肢麻痺となり、長期記憶は日々薄れて短期記憶は無いに等しい。唯一私の顔は覚えているけど、それは「おかあさん」というだけで、愛あって結婚した妻という記憶のある存在ではない。
でもそれで充分だ。発語はほぼ無いなか、顔を見て「誰でしょう?」と問えば笑顔で「おかあさん」と答えてくれる。

一日500mlの点滴と酸素だけの日々。省エネモードで賄っているだろう体力は、やはり日に日に落ちているように思う。
寝ている時間が長くなった。肌が荒れだした。唯一動いていた左腕を動かせなくなった。目ヤニが増えた……。まだまだ増えるだろう変化。


頭の中は常にその後の事を考える。連絡の手順。葬儀の手配。銀行の事、お墓の事。
まだ生きている夫を見れば、そんな事を算段する自分がひどく不謹慎で嫌な人間のように思う。そう思えて事を起こすのに二の足なのだ。

毎夜電話が鳴るかもとビクビクしつつ、朝起きて「あぁ鳴らなかった」と安堵する。
でも、でもその時は来るんだよ。
不謹慎を乗り越えて、事を起こさねばいずれ自分の首を絞めるのだ。
踏み出さねば、と思う今日。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?