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おにゅー

如恵留くんの好きなところのひとつに、「いつも綺麗に靴を履いている」というのがある。

お洒落さんがたくさんいるTravis Japanの中では、「ファッションと言えば」で如恵留くんの名前が挙がることはあまりないのかもしれない。でも、わたしは如恵留くんのお洋服と靴のバランスが好き。

YouTubeやIsland TVの私服。わたしが目にした限り、靴と全身の印象が不自然だったことが、ないように思う。

わたしは、ブランドとかプレミアとか、あまりよく知らないので、如恵留くんが履いている靴が、高価なものなのかそうでないのか、よく分からない。だけど、汚れた靴を履いているという印象は、ない。いつも綺麗な靴を、綺麗に履いているなと思うし、モノを丁寧に扱うような環境で育ってきたのかな、と、その背景を想像して、勝手に嬉しい気持ちになったりもする。

極め付けは、2020年8月1日に行われたソロコンサートでの、靴を履き替える場面。

Travis Japanへの想いを話しながら、手際良く革靴を履く如恵留くん。膝を揃えて、品良く器用に靴べらを使うその仕草が手慣れていた。かっこよかった。今後、「男性のグッとくる仕草は?」と聞かれたら、「靴べらを使って革靴を履く姿」と答えたいと思うほどに。(シャツのボタンを上まで閉める仕草、も捨てがたい)

ここからはわたしの話。

夏と呼ぶには、まだ涼しすぎる季節に、綺麗な革靴を買った。かわいくて、もったいなくて、なかなか下ろす気になれなくて、どうせだったら、と夏を待って。ソロコンサート「のえぱら」からちょうど1年後の8月1日に、街中デビューをさせた。

「恋人の誕生日に、靴を贈ってはいけない。何故なら、恋人はその靴を履いて、逃げてしまうから。」

こんなジンクスがある。わたしは如恵留くんの恋人でもなんでもないけど(なりたくはある)、少し迷った。のえぱらの思い出から離れたくないのに、この靴を履いて、いろんな景色を見て、のえぱらの記憶が薄らいでしまったら、嫌だなって。

だけど、「素敵な靴は、素敵な場所へ連れていってくれる」というジンクスもまた、ある。

この靴と一緒に、広い世界に飛び出して、そうしてまた、如恵留くんが更新し続ける、新たな世界と出会いたい。わたしの器が少し大きくなったら、今より多くのものを掬えるかもしれない。新しい如恵留くんに気付くには、わたしも新しくならないと、なんてね。

わたしの心が欲したのは、後者のジンクスだった。そうして、8月1日に、新しい靴を下ろした。

わたしが敬愛する辻村深月さんの作品の中に、『光待つ場所へ』という短編集がある。

長編の青春小説のスピンオフとして書かれたこの作品もまた、青春小説に分類されるのだと思う。わたしは、この物語に散りばめられた、恋愛模様が好き。

絵画で、言葉で、音楽で。憧れの人と同じ目線の高さに達したいと願う気持ち。武器を磨いて、磨いて、磨いて、それが届いたり届かなかったりする描写がとても好き。ガラスの靴は、たったひとりの王子様が、たったひとりのお姫様を探すためだけのものではないんだと知った。ガラスの靴のようなものを、相手と同じ目線に立ちたいと、自ら欲して作り上げたっていいのかもしれない。

ジャニーズ事務所所属で、うつくしくて、高学歴で、頭が良くて、なんでもできる如恵留くんと、同じ目線でものごとを見られるかといえば、そんなことはないと思うけど。この小説のように、少し背丈を伸ばすような気持ちで、大切な靴を履きたいなと思っている。

外出もままならない世の中だし、ここぞという日のアイテムに育てたいし、本当は、まだ数えるほどしか履いていない。

けれど。弱って、うっかり如恵留くんに会いたいなと思ってしまう日には。箱から取り出して、少しだけ眺めて、しまって。如恵留くんには内緒だけど、そうやって、力をもらっていたりも、するんだ。

今日もまた、こちらの記事の #推し語りワードパレット  を使わせてもらいました。


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