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おこがましいけど、わたしだけのこども
生きているような、いないような、ギリギリの精神状態で、なんとか24時間を生き延びるような日々を過ごしている。
辻村深月さんのデビュー20周年記念に、『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』の限定愛蔵版が発売されると知っても、それどころではない、と思っていた。とにかく、生存以外は、なにもできない。
大きな駅を使う日、どうしようもない気持ちを処理できず、抱えたまま、大型書店を覗いた。
いた!
最初に目に飛び込んできたのは、うつくしく、優しいくじら。あぁ、辻村深月さんの本の質感だ。やっと息がすえたような感覚。
『凍りのくじら』の、限定愛蔵版だった。
そして見つけた、ふくふくとした、うさぎ。ふみちゃんの、大切なもの。あぁ、ふみちゃん。
気付くと、抱きしめていた。
買うつもりはなかった。ちょっと見てみるだけと思っていた。だって、結構な金額だ。けれど、どうしようもない不安を捨てて、代わりにこれを抱きしめたっていいじゃないか。わたしに必要なのは、こっちだろ。
気付くと、赤ちゃんをあやすように、トントンと優しく撫でていた。それは、大好きな大好きな辻村深月さんの、大好きな大好きなメジャースプーンという本だからなんだけれど、それだけではないような気がする。初めて読んだ時から私の中に育ってきた、『ぼくのメジャースプーン』をバイブルとして過ごした時間、反芻してきた名言。それは、万人に届く本という形のなかの、辻村深月さんが生み出した物語の中の、おこがましいけど、個別の顔を持った、私だけの子ども。その子のことも、慈しみたかったのかもしれない。
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