見出し画像

【5月の誕生石】生まれもった福徳とエメラルド

目の前のことに追われて一杯一杯だった昔と比べ、子育てをしながら在宅ワーカーとして自身の研究と頂いた仕事に没頭し、細々ではあるけれど自分が良いと思うことを決めて実行するという生活にシフトしつつある今の私は、ここに来てやっと運勢における「福徳」を少しは授けられるようになってきたのかなと勝手に思い込んでいた。福徳とは主に内面の幸せ、とりわけ家庭における幸福を意味する徳のことである。

だが先日、占術技法を使って自分を鑑定し、もっている「福徳」の値を初めて知って驚いた。人間がもって生まれると言われる「五徳(福・寿・禄・官・印)」の中でも、抜群に(笑)低い数値が福だったのだ。一番大きな徳がアボカドの種ほどの大きさだとすれば、福徳はひよこ豆ぐらいだろうか。想定外のトホホな結果である。

そもそも「五徳」自体は、人間なら誰もが生まれつきもつものである。しかし各の徳の器の大きさは人により違っていて、ある人は「禄(財)」に一番恵まれ、またある人は「官(名誉)」の恩恵を受ける。残りの「寿」は健康「印」は知恵を意味する。自分がどの徳の器に恵まれていて、どの器が小さいのかは宿命を通じて知ることができる。

さらに生まれもつ徳が生涯、安定的に供給されるか否かを鑑る技法もあって、それを使っても自分を鑑定してみた。東洋占星術では、人が備わった徳はそれを生み出す資源が宿命にあることが望ましいと考えられている。せめて資源の方は潤沢じゃないかと淡い期待を抱いて鑑たものの、私の場合はこちらも乏しい結果であった。

私の福徳は、枯れないように自力で育みながら、やっと発芽に漕ぎ着ける程のものだ。こうした私と同じようなタイプの人は、「福」は天から与えられるものではなく、努力して手に入れるべきものなことを意味している。そもそも期待など抱かずに冷静に考えてみれば、実感としてわかる気がする。私が今感じている福徳は出産と病を経て生き方を根本的に見直し、10年近く悩み迷いながらコツコツと自分の手で積み上げてきたものだ。ささやかな福徳を満喫するには、環境が与えられるのを待つのではなく、自力で暮らしを作り上げていけばいい。生き方を切り替えるまで、私にその自覚が足りなかっただけだ。

福徳はまた、世の中の質を五分割した五行(木・火・土・金・水)に配当すると木性に当たる。木性自体を表す色は厳密には「青」だけれど、木の質をもつことから「緑」も連想された。美しい新緑の季節を迎えた5月の今、私の家の前には瑞々しい葉っぱが生い茂り、通りを覆い尽くしている。それらを見上げながら、できるなら木性の緑の力で、私の枯れそうに哀れな福徳をチャージしてほしいと身勝手に思いを馳せてしまう。

家の前に茂る新緑の葉を眺めながらエナジーチャージ。福徳みなぎる緑のカーテンのようにも見えた。


木々の他に緑と言えば……真っ先に思い浮かぶのがエメラルドだ。5月の誕生石でもある。

自分に足りない力を補完したいと願うとき、私は決まって神秘的な輝きを放つ宝石たちに心を委ねてみる。目に入るたびに願いのリマインダーとなって、初心を忘れぬよう道を照らしてくれるように思うからだ。そして、何より美しい。

石言葉に「幸運・幸福・夫婦愛」の意をもつエメラルドは、「人が真の幸福を得るために必要な叡智を授けてくれる石」として、古くから信じられてきたそうだ。古代ではクレオパトラが愛し、世界の多くの王族たちが崇め、珍重されてきた謂れをもつ。

エメラルドについてさらに知りたくなって、様々な文献に当たってみた。どの書物にも通底していたのは、天然石の中でも大変に高次の力をもつ石であること。外から”幸せそう”に見えるだけの希薄な幸福ではなく、"本質的な幸せ"を見極めて与える石であること。真の自分と深く繋がり、内面を潤し、感受性を磨き上げる力をもつこと。幸せな結婚を象徴する石とも言われること。それらはまるで示し合わせたように、私が渇望する福徳の意味とピタリと重なっていた。「これは手に入れるしかない」と、久しぶりに物欲のマッチに火がついた。

「エメラルドのジュエリーを探している」と友人に話したところ、開口一番で「まだ早くない?」という答えが返ってきた。ダイヤモンド、ルビー、サファイアと並ぶ世界四大貴石のひとつでもあるエメラルドは確かに高価で、いざ素敵だなと思うものに出会っても今の私には手が届かない。実際に目にした鉱物の展示でも、大ぶりで上質なエメラルドの中にはなんと車一台分(それも高級外車)ぐらいの価格がついているものがあって、驚きのあまりその場でお尻から車庫入れをする車のようにバックしながらひれ伏して帰ってきてしまった。

価格はさておき、別の人から「デザインを選ばないと、おばちゃんぽくなりますよ」という貴重なアドバイスも。確かにこれもそう。石は価値だけでなく心に響くデザインや共感性で選ぶものだと思うけれど、エメラルドは石のインパクトが強く、年相応かつ粋に着けこなすのは選び込まないと難しい。たとえフィーリングが合ったとしても、これだけ方々から忠告されるということは、今の私にとってはまだ分布相応で、外目から見てきっと似つかわしくないのだろう。

エメラルドを断念した代わりに(でもきっと、いつかはと夢見ている)、ふと思い浮かんだものがある。以前、神保町の老舗喫茶店「ラドリオ」で味わった緑色のクリームソーダだ。だいぶケミカルな色彩の緑色だけど、飲み進めるほどにオズの魔法使いのエメラルドの都へひとっ飛びしたようなファンタジーに溢れ、魔法的な魅惑を放つ味だった。

その日の夕方、私の足は神保町へ向かった。シャンソンのかかるレトロな店内で選ぶメニューは一択。

福徳哀れな今の私に相応しいエナジーチャージは、エメラルド"色"のクリームソーダだった。

「ラドリオ」のクリームソーダ。ネオンのように鮮やかなエメラルドグリーンのソーダはやみつきになるほど魅惑の味。神保町を訪れるたびに、これを飲みに立ち寄りたくなる。福徳のお守りドリンクに。
神保町すずらん通りから路地に入ったところにある老舗喫茶店ラドリオ。始まりは書店のサロンだったそう。文人や界隈の編集者たちも多く訪れる人気店だ。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?