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ヴァンサン・ダンディ「ハイドンの名によるメヌエット」(1909)

作曲家 ヴァンサン・ダンディについて

ヴァンサン•ダンディは1851年3月に生まれたフランスの作曲家である。君主主義で反ユダヤ主義などの過激な政治的思想でも知られていた彼はしばしばその偏見によって悪く評価されてしまう事があるが、しかし今日では型破りな手法を表現手段に用いる「脱構築者」として肯定的な評価を得ており、教師としてもサティ、ルーセル、マルティヌーなど後の音楽界に影響を与える作曲家を門下に持つ。
セザール•フランクの忠実な弟子でありワグネリアンでもある彼の作風は両者の影響を受けた濃厚な作風を持つ。半音階的な手法や非和声音を駆使しつつもテーマ性を強く持つ彼の作品は、次の時代を切り開く過渡期を体現する存在すると言えよう。

「ハイドンの名によるメヌエット」について

本作は当時の出版契約社の違いから、他のドビュッシー、ラヴェル、デュカスらとまとめて出版されるまでには至っておらず、そのためか録音も非常に少ない。
しかしながらこの作品は、ワグネリアンのダンディとしての野心的な試みの詰まった作品である。

まず冒頭は、HAYDNの音名象徴とともに、その音列の特徴である四度和声が冒頭で登場する。この和音のリズムはいびつな配置となっており、3拍子とすぐには聞き取れない音楽となっている。

譜例:冒頭のHAYDN音名象徴。
青く結ばれた音は完全4度と呼ばれる音程で、それが「A」「YD」「N」で連続で連なっているのがHAYDN音名象徴の一つの特徴である。その特徴が冒頭の和音において、メロディにたいする鏡のように反映されている。

その後に「HA」の音列のみをメロディに繰り返してヘミオラと呼ばれる拍をシャッフルする技法のリズムを半音階的に朗々と歌い上げる事によって、三拍子の舞曲であるメヌエットから逸脱したいびつな印象を与えることとなる。

譜例:ヘミオラのリズム。
ヘミオラとは、本来、赤色の数字が示すとおり3拍子でくくられているはずのリズムを、あえて2拍ごとに交代するメロディを配置することで、一時的に3拍子から逸脱する効果を得る技法。
なお、ダンディのこのヘミオラは、バスの音が拍頭にこないため、ますます拍感がつかめないものとして描かれている。

またピアノ曲にしては珍しく、チェロやヴィオラを思わせる中声部から始まるメロディである。この曲全体がそもそも複数の声部が入り組んだ作りとなっており、ピアニズム的なピアノではなく小さなオーケストラの役割としてのピアノが用いられていることが読み取れる。

こうして入り組んだフレージングを見せる主部は転調を挟んで展開しつつ、最後は美しい和音で終止するが、この時の和音はHAYDNの音列を全て用いている。

トリオ(中間部)は三連符の速いフレーズが特徴のせわしない部分である。バスの旋律に一音挟んだHAYDN音列が用いられ、一音挟むことで反復してるようにも見える凝った作りをしている。

トリオの後半は右手と左手の動きが交代しているが、厳密には全く同じ音度では無く、和声に応じて適宜変化している。

中間部の終わりはHAYDNのテーマに素直に繋がるように、g-mollのシ♭ラを繰り返し、主部へと回帰していく。

あとは主部を簡潔に繰り返して終わりとなる。

演奏者からのコメント

ラヴェルと形式こそ被っているものの、独特な音の選び方によりしっかりと個性を示しているように思います。全体の調性感ははっきりとありますが、瞬間毎の和声に注目してみるとなんとも不思議な印象を受けます。これは機能和声(主に18世紀~19世紀前半の西洋音楽における和音の扱い方のルールみたいなもの)から大きく逸脱しているためでしょう。ダンディは作曲家として何か後世に特別深い痕跡を残したわけではありませんが、20世紀初頭という西洋音楽史において大きな変革期を迎えていた、まさにその渦中にいた一人の人間の創意工夫がこの作品の随所に見られます。
(増田達斗)

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