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増田達斗「夢の中のハイドン」(2022)

曲名の由来

シュルレアリスムの絵画が好きでして、昔から大変馴染み深い作曲家の一人であるハイドンを、そんな絵画のように登場させられたら面白いだろうな、という思いから当作品を書きました。もっともここでは”ハイドンの音名象徴”ですが。

シュルレアリスム=超現実主義の大きな流れの一つに”デペイズマン”という概念があります。本作「夢の中のハイドン」を構成するにあたりこれは重要な発想の源であったため、楽曲分析に入る前に少しだけ触れておきます。


作品概要-デペイズマンと夢について-

シュルレアリスムは理性や固定観念による束縛からの解放を目指した芸術運動の一つで、その媒介として注目されたのが”夢”や”無意識”といった現象でした。視覚芸術との相性は抜群で、例えばマグリットやダリの絵画を思い浮かべてみてください。彼らはとあるモティーフを本来あるべき場所(=現実世界=理性に縛られた世界)から引き剥がし、全く異なる文脈へと転置させます。これをデペイズマンと呼びます。一見違和感だらけに見えますが、シュルレアリスムの理念ではこれは決して非現実空間ではなく、むしろ何にも縛られていない人間の最も素の状態=現実を超えた現実世界を描いているわけです。

夢の中において理屈は通用しません。例えば「鎌倉時代に空中でピアノを弾いていたら宇宙から降ってきた卵の中から手のひらサイズのハイドンが出てきてドビュッシーについて語り合った」みたいなことが起きたとします。現実では到底説明不可能な現象ですが、夢なら可能です。夢の中ではあらゆる科学の常識や歴史的事実を飛び越えることが出来るのです。そしてこの夢はフィクションではなく、現実での個の体験から再構築されたもう一つの現実なのです。

というわけで本作で僕が目指した表現は次のことです。

・なんの脈絡もないエピソード同士が夢の中で不思議と繋がった様子

・理屈では説明のできない現象が無意識下において偶然結びついた様子

「もしも夢の中でハイドンがあんなことやこんなことを経験したら…」あるいは「そもそもハイドンがもし現在生きていてその彼が夢を見たら…」など、捉え方は十人十色でしょう。



楽曲分析

楽曲の構成としては実は前述の内容でもう全て言い切っています。なのでここからは次のことに着目したいと思います。

種々のエピソードと用いた技法


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【譜例1】第1~7小節 

【譜例1】は冒頭部分です。仮にエピソードⅠとしましょう。まどろんでいる様な情景のイメージでして、ハイドンの音名象徴「シラレレソ」が重音で出たり単音で旋律線を担ったりしますが、かなり自由に扱いました。例えば最初からいきなりシ♭(本来ならアルファベットのBに該当)に変化させたり、第5小節目では移行形(基の音型を一定の音程間隔平行にずらした形)の反行形(上行下行を反対にした形)である「ラシファ#ファ#ド#」が声部を跨いで登場したりします。


画像2【譜例2】第8~11小節

全編に渡りエピソード毎に二重線とカンマを配置しましたが、これはデペイズマンから着想しました。エピソードⅠがまだ続くかと思いきや、ほぼ真逆な性格である【譜例2】第9小節目からのエピソードⅡが唐突に現れます。ここではハイドンの音名象徴を縦に重ねています。この後、エピソードⅠの断片を基に小展開する場面を経過して次のセクションへ移っていきます。


画像1【譜例3】第19~24小節

二重線&カンマを挟み、【譜例3】第22小節からエピソードⅢが始まります。細かいパッセージの中に「シラレソ(左手はファ#ミラレ)」「ラソドファ#(左手はミレソド#)」とハイドン音列が見え隠れします。またこのエピソードでは一つの山場を形成します。(【譜例4】参照)


画像1【譜例4】第32~39小節

このエピソードⅢに現れる一連の16分音符及びトリルの動きは、古典派のピアノ曲におけるカデンツァのイメージで書きました。そして第36小節でまた唐突にフレーズが分断され、第37小節からエピソードⅡが回帰するかと思いきや様子が以前と異なることにお気づきでしょうか。


画像1【譜例5】第40~49小節

これは【譜例5】へと続くエピソードⅣとして新たな展開を迎えます。ここは日本の雅楽からのインスピレーションを土台に書いたセクションです。ハイドンの音名象徴の出る順番には重きを置かず、一つの音響体として用いました。また全体の頂点がこのセクションになります。

この後エピソードⅠが和音を変えてリフレインしますが、そのままの流れでは終わりたくなかったので最後の最後に【譜例6】が登場します。

画像1【譜例6】第56~61小節

コラール的発想の短いエピソードⅤが現れ、静かに曲を閉じます。隠された音名象徴を是非探してみてください。さあ、あなたはいくつ見つけられたでしょうか…?


後日談としまして、当然ながらハイドンさんにお会いしたことはないわけですが、逆にそれが「シラレレソ」と象徴化されたハイドン-ハイドンのようでハイドンでない-による作曲プロセスと非現実のようで現実に基づいている“夢”の生成プロセスが、どこかで引かれあったのかな、なんて思ったりします。


作曲者:増田達斗のプロフィール

愛知県田原市出身。桜丘高等学校音楽科ピアノ専攻卒業。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。同大学院音楽研究科ピアノ専攻修士課程修了。

現在、洗足学園音楽大学作曲コース非常勤講師。ソロ・室内楽・作曲の各分野に渡り多彩な活動を展開しながら、ピアノ・作曲・ソルフェージュにおいて後進の指導にも力を注いでいる。又在学中より多数の現代新曲初演及び再演に携わっている。シェーンベルク:《月に憑かれたピエロ》他収録のセッション録音にピアニストとして参加、日本コロムビアよりCDがリリースされる。またダンサーのイスラエル・ガルバン演出・振付・ダンスによるストラヴィンスキー:《春の祭典》日本ツアーにピアニストとして参加するなど、活動の幅を広げている。

《NODUS》メンバー。第3回洗足現代音楽作曲コンクール第1位。これまでに作曲を土田英介氏に、ピアノを藤城敬子、芝本容子、播本枝未子、秦はるひ、長尾洋史、渡辺健二、他各氏に師事。

https://sites.google.com/view/masuda

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