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"食”を食べる場の未来

■動物化する食の場

 「食べる」という行為は、多くの動物にとって生命維持に欠かせない基本的な行為である。もちろん人間にとっても例外では無く、基本的には食事を取らなければ生命を維持することができない。しかし動物にとっての食事と人間にとっての食事の意味合いは、全く異なっている。人間にとってのみ食事はコミュニケーションのツールとして大きな意味を持っているからだ。

 これは他の多くの動物にとっては危険な行為で、基本的に動物は他の個体と同じ場で食事をとることはない。食べ物が「ケンカの元」になってしまうからだ。しかし人間だけが他人と食事の場を共有する。本来「ケンカの元」であるはずの食べ物を、誰かと一緒に食べるというのは「和平・和解」を意味し、古くから政治的な行為としても利用されてきた。身近な例をとれば、誰かを食事に誘う時には、栄養補給の意味合いはほとんど無く、絆を深めるためであったり、聞きたい話がある場合などが大半だろう。

 しかし昨今、人々の孤立化の流れに食事も抗うことができず、一人で食事を取る人が増えている。いわゆる「個食化」と呼ばれている現象であり、これは「動物化」と言い換えることもできる。あらゆる「食の場」も、この動物化に追従してデザインされた。さらに、Covid-19の感染拡大は、食事を「ケンカの元」どころか「感染の元」として捉えさせ、個食化の勢いを加速させたのではないだろうか。では、これからの「食べる場所」はどうなっていくのか、そして動物化の流れに抗える可能性はどこにあるのか。現状を整理しながら、考察していく。

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■食べる場所を考える

・牛丼チェーン、一蘭ラーメン

 まず、個食化に対応している食事の場所として分かりやすい例が上記のような店のデザインであろう。牛丼チェーンの店舗では、一人で食べることが想定されたカウンターが主な客席となっている。一蘭ラーメンには、テーブルの上にパーテーションが設けられ、隣の人や店員の顔が見えないデザインになっている。どちらの例も、ほとんど言葉を発することなく注文が可能であり、来店から退店までコミュニケーションがストイックなまでに排除されている。

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最近では、マクドナルドなどでも、客席でスマートフォンで商品を注文することによって店員との支払い・注文の手間をなくすなどの取り組みも見られる。またファミリーレストランにも、明らかに個食を想定したような狭い席が増えているのも、現代の「食べる場所」の傾向を表しているのではないだろうか。


・デリバリー、中食

 次に個食化を助長しているであろうシステムの事例を示す。一つはCovid-19によって利用者・出店者共に増えたであろう、Uber Eatsなどのデリバリーサービスの展開である。これまでの出前に比べ、格段に選択肢が増え、注文時や受け取り時のコミュニケーションもほとんどない。家から一歩も出ることなく、誰とも喋らずに好きな食事を取ることができるスタイルは、もはや都市に住む一人暮らし勢には当たり前のスタイルなのではないだろうか。
 Covid-19を機に浸透したであろうシステムは他にもある。中食である。中食とはスーパーやデパート、コンビニの惣菜などのことで、こちらも基本的には家で食べることが想定されている。中食が注目された理由はコロナだけではない。軽減税率の適応であること、改正健康増進法による飲食店の屋内完全禁煙による外食離れなども影響しているだろう。中食が充実すればするほど、部屋に籠もっていく人も増えるだろう。


・ベトナムの路上

海外ではどうだろうか。筆者がインターン先として2ヶ月間滞在したベトナムのホーチミンの例をあげたい。

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 勢いのある発展途上国の経済中心地なだけあり、日本でも馴染みのあるチェーン店が多数進出しており、もちろん店内には個食を前提としているであろうカウンター席が用意されていた。その一方で根強く残っていたのが路上に展開している飲食店である。出し入れが用意であろうプラスチックの椅子と机が路上に並び、賑わいを創出していた。あまり日本では見ない「食べる場所」の風景であり、見習うべきおおらかさがあるように思えた。


■公共空間が鍵になる

 現状を踏まえて今後の「食べる場所」について2つのトピックから考えてみたい。

 トピックの一つ目は、個食を前提としているわけではない飲食店の行方である。もはや家で食事を済ませることが主流で安全という風潮の現代において、実店舗に行く理由とは何であろうか。そこには二つの方向性があるのではないだろうか。一つは純粋なコミュニケーションの場になるというもの、もう一つはコスプレと化すというものである。
 前者はイメージしやすいだろうが、店員や常連客との会話が楽しい店であったり、友達と騒げる店などは、純粋にコミュニケーションがニーズとなるというものだ。後者は、客が他者からどう見られるかという自意識によって選ぶ店が左右されるのではないかという仮説に基づく。例えば「下北沢のカフェに行っている自分」や「銀座のバーに行っている自分」に満足するといった自意識は多くの人が持ち合わせているはずである。すると飲食店は今後、コスプレ化の流れは高まるのではないか。これは土地の属性や扱う食事のジャンル、内装などに大きく左右されるだろうが、うまくコスプレ欲に応えてあげることができれば客を確保できるだろう。

 トピックの二つ目は、公共空間が「食べる場所」にならないかという議論である。事例で示したように、ベトナムのホーチミンには多くの飲食店が路上に客席を展開している。一方で、日本の公共空間は食事をとる場所として上手く機能しているとは言えない。そこに一つの希望を見出すきっかけがCovid-19の影響で現れた。国土交通省が発表した、沿道飲食店等による路上の占用利用の緊急緩和である。これによって飲食店の前面路に路上客席が展開され、ホーチミンのような賑わいが見れるかもしれない。さらに欲を言えば、店を限定せずに持ち込み可能な路上客席が展開すると尚良い。図らずも、個食を前提とした飲食店には元々テイクアウトを行っている店が多いように思えるので、相性が良く、これらの展開に一役買うかもしれない。

 今回、Covid-19によって飲食業界は大きなダメージを受けた。しかし「食べる場所」は決してなくならない。いまこそ現状を見つめ直して、豊かな場を考えるべきタイミングである。

ー 参考文献 ー
・『食の歴史』:ジャック・アタリ / 林昌宏 (翻訳) / プレジデント社
いま知っておきたい食のかたち「中食」とは?日々の食生活にゆとりを♪
路上客席の緊急緩和を実践で使うために新規性をみる!「コロナ道路占用許可」の主体・手続き整理

(文責:佐藤)

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