今更だけど冴えカノについて語りたい

書こう書こうと思いながらも放置していた冴えカノの好きなところ(?)について語りたい。アニメを何回も繰り返し見る、映画館に足繁く通う、BDを購入、グッズにも手を出してしまう、こんなに時間もお金も費やしたくなるような作品は自分にとって初めてでした。そんな自分にとって特別な作品なのだからやはりブログを書かなければならない(使命感) 今回はほぼアニメのことのみで書きたいと思います。映画の事はBDを買ってから書く(つもり)です。 (この文章は2020年7月に別のブログで書きました) 

画像1

①コメディとシリアス両方を味わえるストーリー、ギャップが凄い。  

この作品すごいなって1番に感じるのはこの部分かもしれない。基本はラブコメの名に相応しくコメディなんですよ。英梨々と詩羽先輩がマウントの取り合いしたり、詩羽先輩が倫也に毒舌とか下ネタっぽいこと言って困らせたり、倫也の本気の物言いを恵がどうでもいいかんじであしらったり。それだけでも十分面白い。でもそこにシリアスが加わってこの作品はより一層輝くんですよね。 

倫也が詩羽先輩のゲームシナリオにダメ出しをして一緒にゲームシナリオを再構築していくところとか、英梨々が自分がクリエイターとしてさらなる高みを目指すのなら、倫也の1番になるためにはサークルを抜けなければならないということに気づいてそれを美術室で泣きながら話して詩羽先輩に抱きしめられるところとか、英梨々と詩羽先輩がサークルから抜けたことに耐えられなくてメインヒロインと初めて出会った坂道でボロボロと泣いてしまう倫也とそれを優しく見守る加藤恵の構図とか!!!

特に下の2つは率直に言って神です。英梨々のやつなんか切なさに胸がいっぱいになって愛おしさが加速しますもん。そして普段は憎まれ口を叩いている2人が本当は互いの才能に惚れていて、お互いを必要としていて、抱きしめ合っているのが非常に良い!!!倫也のシーンは自分も倫也になった気分でボロボロと泣いてしまいます。初めてこのシーンを見たとき、あぁ英梨々と詩羽先輩って自分の中でこんなにも大きな存在になっていたんだなぁ、いなくなっちゃうの辛過ぎるなぁって倫也と同じような喪失感を味わいました。そして何もせずに優しく見守って泣かさせてくれる恵が良き!!! まさに加藤恵を象徴とする新しいヒロイン像が生まれたシーンだと思います。

かなり語っちゃったけど、もう少し良いですか?いま散々語ってきた2つのシーンなんだけど実は共通点を自分は発見しました(ドヤ顔) 
いやこれで冴えカノファンの共通認識だったらすごく恥ずかしい。自分が知る限り製作者側からは何も言ってないけど、僕は冴えカノを常にリアルタイムで追ってた人間ではないのでその時ファン同士でされてた議論とかそういうのは知らないのでそこは勘弁して下さい。 
共通点それは、、、、、「英梨々も倫也も笑ってから泣いていること!」  


英梨々はスランプだったけどやっと自分の納得がいく絵が描けた、笑っているのは未来への希望。 
クリエイターとして成長するためにはサークルを脱退せざるを得ない理不尽とも言えるような現実の非情さ、泣いているのは現在の悲しみ。 
 

倫也は大切な2人が去ってしまったけどメインヒロインだけは残ってくれた、笑っているのは未来への希望。 
自分が出したゲームのせいで大切な2人が引き抜かれてしまった理不尽な現実、泣いているのは現在の悲しみ。
 

これ結構すごくないですか?サークルを抜ける英梨々とサークルに残る倫也は対極にいるはずの2人だけど、実は似たような状況に置かれていて同じような感情の変化で笑って泣いているのかなぁって。いや単なるヲタクの妄想なんですけどね!とまあシリアス部分を長く語ってしまいましたけど、僕はこのコメディとシリアスのギャップにヤラれてしまいました。そりゃあ面白いわ、この作品。満足感が凄い。そんな僕がこんなふうに呟いてしまうのは許して欲しい(笑)。  

画像2

画像3

上のはお疲れ様本でスタッフの誰かが言ってたのを引用したやつ。僕は芸術には詳しくないし、何を以て芸術と呼ぶかは知らんけどシリアス部分の人間模様らへんがそうなのかな?。あとコメディとのギャップもね。いや知らんけど。 
下のは、そう言いたくなる気持ちを同じ冴えカノ信者ならわかってくれると思う。笑


②キャラクターを本気で好きになれるところ 
 
キャラクターを本気で好きになれる作品って実はあんまりないと思うんですよ。少なくとも僕はあまり出会えてないです。そりゃあ別の作品でこのキャラクターちょっと良いなとか可愛いなって思うことは頻繁にあります。でもお金を出してまでグッズが欲しいなとかこのキャラクターはほんとに愛おしいなっていう気持ちにさせてくれるようなキャラクターが出てくる作品は個人的に少ないと感じています。まあこれは僕の根がアニヲタではないからっていうのもあるかもしれませんが。 

過去に僕はこんなツイートをしていました。 

画像4

そう。ストーリーは面白くて好きになるんだけど、キャラクターが好き!には中々ならないんですよね。じゃあキャラクターが好き!になる冴えカノはいったい何なのか。僕なりに考察してみました。僕は作品には、❶キャラクターのためのストーリーになっている作品、❷ストーリーのためのキャラクターになっている作品、❸あるいはその両方を併せ持っている作品があると思っています。冴えカノは❶のキャラクターのためのストーリーになっている作品です。ギャルゲーやラブコメなどの主人公がヒロインを攻略したり悩みや問題に向き合って解決するみたいなやつは❶だと思います。逆に異世界などのSF、ファンタジー系とかバトル系は➋とか❸だと思います。❶はキャラクターの行動や反応に重きを置いているのに対して、➋はストーリーの展開をより重視しています。❶はストーリー全体がキャラクターを中心にして作られているので、ストーリー自体がそのままキャラクターの魅力に繋がります。したがってユーザーはキャラクターを好きになりやすいのではないかと僕は考えます。そして冴えカノが凄いのは❶が作品のベースにあり、コメディではクスッと笑いシリアスでは思わず涙を流してしまうくらいに心を突き動かされる物語がゲーム作り、クリエイターという独自の観点から描かれており、それらが全てキャラクターの魅力に還元されているということです。そう、だから僕が英梨々を好きになってしまったのは必然なのです。それまでアニメのキャラクター、ヒロインを好きになったことがなくグッズなんて1回も買ったことがなかった自分の世界を反転させてしまう、そういう破壊力が冴えカノにはありました。
まあキャラクターを好きになる要素は他にもキャラデザが好みだとか声優が好きだとか色々とあると思うけど、ここでは作品の中身がユーザーをいかにキャラ好きにさせるかという議論なのでその辺は割愛します。
んで肝心のキャラクターを好きになると何が良いのか。答えは単純明快、ズバリ幸せな気分になれます(笑)。何かを好きだという気持ちは自分を幸せにしてくれます。好きな作品の好きなキャラクターについて話したり考えたりグッズを買ったりするのはとても楽しいことです。 
なんか冴えカノの好きなところというより考察になってしまった。まいっか。。 


③作品の構造、理想の実践

画像5

これは僕のツイートですが、冴えない彼女の育てかたという作品はギャルゲーを作るというアニメでありながら、作品そのものがギャルゲーであるという構造になっています。そして僕が凄いなと思うのは冴えカノがちゃんと倫也の作りたかった理想のギャルゲーになっているという点です。以下倫也のギャルゲーに関する発言をいくつか抜粋します。 


ある春の日、俺は運命と出会い昔からの夢を思い出した。笑えて萌えて感動するギャルゲーを作ること。そして誰もが胸をときめかせるメインヒロインを生み出すこと 
加藤!お前はギャルゲーのヒロインというものをわかってない。彼女たちは単なる記号でも決まったところを押せば必ず同じ反応を返す装置でもない。ちゃんと温かい血の通った現実の女の子以上に魅力的な人間そのものでなければならないんだ  
俺達のcherryblessingは確かに凄いゲームになった。けどそれは俺の企画が俺の作りたかったゲームが凄かったわけじゃない。
だから次回作は俺の、blessingsoftwareの、原点に帰る。何気ない普通の一時に萌えるゲームにする。前作よりもキャラ萌えでけれどそんな普通の物語にちゃんと感動できて加藤の本当の魅力でユーザーを掴んで
 
前世の記憶も不治の病もタイムリープも異世界チートもない。日常会話とちょっとしたイベントとヒロインの可愛さで勝負する。 

注目して欲しいのは太字のところです。どうでしょうか?これ全て冴えカノでやっていること、実現できていることですよね。2つ目のやつはまあ諸説ありますがw 作品に対する理想を語りそれをそのまま同作品で表現し、そしてその素晴らしさを証明するなんてことができるのは作品にクリエイターという軸があって、ギャルゲーというテーマとラブコメというジャンルに親和性があった冴えカノだからこそできたことなのではないかと思います。 
逆に作品を批判しているようなところもあります。特に僕が好きなのは詩羽先輩の発言です。アニメ2期で映画を見終わった後の詩羽先輩と倫也の会話の1部分から引用します。

詩羽先輩「やっぱり蛇足だったわね亅                                                           倫也「そうかな?新キャラも可愛かったしラストシーンもぐっと来たけどな。」                                                                                                           詩羽先輩「それはキャラデザや演出の勝利ね。脚本としては陳腐もいいとこなのに絵とか音楽とか声優の演技でなんだからよくわからないけど凄いみたいに押し切られているのよ。」

詩羽先輩、なかなかキツイこと言ってますw。冴えカノは絶対こうなりたくない、脚本で勝負するという強い意思表示なのでしょう。実際問題、なんだかよくわからないけど凄いみたいに押し切ってくる作品ってかなりありますよね。アニメでもドラマでも映画でも。特に映画館で観たりするとお金を払った手前良くなかったとは言い難いから、なんとなく良かったとかなんか凄かったみたいな感想になった経験は誰にでもあると思います。僕も詩羽先輩と同じで脚本やシナリオがしっかりしてないと、ク○ゲーになる派なのでゲームでもアニメでも映画でもドラマでも作品といわれるものにはストーリーの質を求めていきたいです。

とまあこんな感じで冴えカノについて大きく分けて3つほど書いてきました。好きなところについて書くつもりが考察分析みたいになってしまうところ(特に➁のキャラの部分)もありましたが、一応自分が現時点で書きたかったことはだいたい書いたつもりです。いやね?、不思議だったんですよ。自分がなんでこれほどまでに冴えない彼女の育てかたという作品が好きなのか、惹かれるのか。その好きとなぜ?を頭で色々と考えた結果が上のような文章になりました。冴えカノの持つ魔性性について少しは言語化できたのではないか?と自負しております。自分がこの作品に初めて触れたのは2017年の12月なのでかなり遅いです。2期も既に終わっていました。やっぱりギャルゲー制作というニッチなテーマ、コミケという馴染みのないイベント等が非アニヲタの自分にはハードルが高くて敬遠していました。でもそれが間違いだったという事はアニメ1期0話の冒頭の会話だけで分かりました。 

詩羽「なに?澤村さんのイチオシってあれなの?1話からパンチラ全裸満載だったくだらないハーレムアニメよね。3話まで付き合ったことを後悔したわ。」  
英梨々「なっ!?どう見ても神アニメだったじゃない。最後まで作画安定してたしヌルヌル動くし出てくる女の子超可愛いし。」                                詩羽「そういう絵さえ良ければ名作だと無駄に崇める人たちがアニメ業界を衰退させていくということがわからないのかしら?」
英梨々「衰退させてるのはそうやって最後まで見ないでイメージだけで批判してる連中よ。」 

今まで見てきた作品とは違うぞという感覚、これは多分凄い作品だぞという高揚感がこの会話から、1期0話からありました。そして、2期最終回を見終わった僕の感想は「ヤバッ!!!!」でした。実際に口に出して天井を見上げて言ってたと思いますw いや想像以上に良くて。今まで見ていなかったことを後悔しました。冴えカノを見てない人、食わず嫌いしてる人は早く見た方が良いですよ。意外に多いんですよ、そういう人。僕のようにどハマリする人絶対いるから!これだけは言える。作品のクオリティに誓って言える。どハマリする人絶対いるから!!ほらっ、早く早く!dアニメストアを開くんだ、物語が終わっちまう前に。あっ……もう終わって……… さて、そろそろまとめに入りたいと思います(笑)

英梨々「ユーザーに何を見せたいのか、どんな気持ちにさせたいのかこれじゃ全然伝わってこない。」 
詩羽先輩「それって自分が本当に作りたいものがまだ見えてないんじゃないかしら。」 

この会話覚えていますでしょうか? 
ええ、そうです。1期2話で倫也のギャルゲー企画書をファミレスでボロクソに言ってるシーンのあれです。では、冴えカノはユーザーに何を見せたかったのか、どんな気持ちにさせたかったのでしょうか?  

答えはちゃんと倫也君が2期9話で言ってくれています。 

倫也「俺がサークルを立ち上げたのはみんなにヒロインの可愛さを伝えるためということを思い出したんだ。」 
 

冴えない彼女の育てかた、この作品の1番の目標はファンにヒロインを可愛いと思ってもらうこと、好きになってもらうことです。ここで言う可愛いとは単にビジュアル的な狭義の可愛いにとどまるものではありません。ヒロインが泣いたり笑ったり怒ったり、そのシーンごとに見せる喜怒哀楽をユーザーに知ってもらって内面から可愛い、好きと思ってもらうということです。

ではそれは達成できたのでしょうか?

上にも書いた通り冴えカノのストーリーとキャラクターの間には密接な関係があります。英梨々が歯車が噛み合わずいつもすれ違いになってしまう運命に涙したり、恵が肝心な時に頼ってもらえなくて怒ったり、詩羽先輩が同じクリエイターとして議論を交わし一緒になってシナリオを作るのを楽しんだり。 そんなストーリーの1つ1つがヒロインを魅力的に彩ります。冴えカノはヒロインを内面から可愛いと感じ、好きになることができる物語です。1度楽しくて切なくて幸せな物語を経験すれば、気づいた時にはヒロイン達の虜になっているでしょう。そんな作品だから格別に楽しく、満たされた気持ちにさせてくれるのかもしれません。 

P.S.  加藤恵というメインヒロインの特殊性、作中で語られるクリエイター論、キャラソン等、ここでは書けなかった魅力が冴えカノにはまだまだあります! 

補足 ②で述べた ❶キャラクターのためのストーリーになっている作品、❷ストーリーのためのキャラクターになっている作品、❸あるいはその両方を併せ持っている作品  

について❶と❸の違いについてですが❶はストーリー全体がキャラクターの反応や行動により重きを置いたキャラクター中心のストーリーになっているのに対し、❸はキャラクターとは別にあくまでストーリー全体の枠組みがあってその中でキャラクターにスポットを当てたシーンや話があるっていう感じです。まあこれはただの僕の考察に過ぎないのでどうでもいいっちゃいいんですけど、上で言及できていなかったので補足させていただきました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?