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白ゆり姫はシャロットの姫

『赤毛のアン』の28章でアンが小舟に横たわって演じたエレーン姫は、詩人テニスンが謳った ”The Lady of Shalottシャロットの姫”というアーサー王伝説がモチーフである詩からの再現、といったら皆さんは驚かれるでしょうか。

テニスンが1842年に書いた”The Lady of Shalott” を画題として、ウォーターハウスが描いた同名の絵(日本語版Wikipediaでは「シャロットの女」という訳になっています)は、まさにアンが演じた白ゆり姫のイメージそのもの。
しかし現在、28章の白ゆり姫のシーンは、同じテニスン作の『国王牧歌』の「ランスロットとエレイン」の章に由来するとされています。
確かに、「エレーン姫」になって小舟に横たわったアンを送り出すジェーンのセリフは、同叙事詩の表現と一致しています。


「さあ、これでいいわ」とジェーンは言った。「あたしたち、アンの静かな額に口づけするのよ。そうしてダイアナは『妹よ、とわにさらば』って言うのよ。それからルビー、あんたは『さらば、うるわしの妹よ』って言って、あんたがた二人ともできるだけ悲しそうにしなくちゃだめよ。アン、お願いだから、ちょっと、微笑して見せてよ。ほら、エレーンは『ほほえめるがごとく、横たわる』ってあるでしょう?そう、そのほうがいいわ。さあ、船を押すのよ」

『赤毛のアン』村岡花子訳 28章より

“Now, she’s all ready,” said Jane. “We must kiss her quiet brows and, Diana, you say, ‘Sister, farewell forever,’ and Ruby, you say, ‘Farewell, sweet sister,’ both of you as sorrowfully as you possibly can. Anne, for goodness sake smile a little. You know Elaine ‘lay as though she smiled.’ That’s better. Now push the flat off.”

『国王牧歌』の「ランスロットとエレイン」の章より

太字が『国王牧歌』の表現と一致する部分であり、
厳かな雰囲気の中でジェーンやアンが演じようとした白ゆり姫は、授業で習った『国王牧歌』のエレインでした。
ところが、この章の最後でアンは、エレーン姫の劇の再現がうまくいかなかったのはアヴォンリーが ”towered Camelot" のようなロマンチックな情景ではないからだ、と述懐しています。
村岡さんの訳では「塔の町キャメロット」(新潮文庫  平成二十年)、山本史郎さんの『赤毛のアン 注釈版』(第28章の注釈(9) 原書房  2014年)では「キャメロットの城楼」と訳されている ”towered Camelot" という表現は、テニスンの”The Lady of Shalott(シャロットの姫)” 第四部に見ることができるのです。
そしてもうひとつ。『国王牧歌』のエレインは唖の従僕に付きそわれていますが、アンは

「小舟には一人が横になれば、もう一人入る場所が無いんですもの」

『赤毛のアン』村岡花子訳 新潮文庫 昭和57年版

と、「シャロットの姫」と同じようにひとりで小舟に乗り込み、横たわります。
ジェーンが『国王牧歌』を演出しようとしたのに、アンは『シャロットの姫』を演じたわけです。

「シャロットの女」のWikipediaの「テニスンの詩」の項にある通り、『国王牧歌』のエレインは、テニスンが14年前に描いた『シャロットの姫』と同じ筋書きを自ら語り直したものです。
一人の詩人が同じ題材から描いた、ニュアンスの異なる情景を巧みに織り込んだ「白ゆり姫」のエピソードを通じて、モンゴメリはアンという個性をユーモラスに表現しているのです。

ちなみに、”Shalott” はスペルは異なりますが発音が ”Charlotte” と似ていることから、アン・シャーリーのモデルがシャーロット・ブロンテであることも暗示しています。

(上記内容は『赤毛のアン ヨセフの真実』補章その1に記述したものをわかりやすく書き改めたものです。補章その1からは外しました。)


*「『赤毛のアン』と『マーミオン』〜前編」はこちらです。
*「『赤毛のアン』と『マーミオン』〜後編」はこちらです。
*『アン・シリーズのメイフラワー』はこちらです。
*『もう一人の「小さなエリザベス」』はこちらです。
*最新記事「アンの誕生日は ”Middle March”」はこちらです。

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