見出し画像

アン・シリーズは続くよどこまでも

2007年に初めてまとめた『もっと「赤毛のアン」を描きたかったモンゴメリ』、2010年の『真実の赤毛のアン』(その改訂版を2012年に『ブロンテになりたかったモンゴメリ』として)と、これまで10数年かけて解き明かしてきたモンゴメリの人生。

彼女とシャーロット・ブロンテの文学的な関係や、両者の文学性の背景となる歴史観、「ヨセフを知っている一族」というモンゴメリ独特の人間観について、『赤毛のアン ヨセフの真実』というタイトルで「8月26日」が「水曜日」となる2020年の夏、無事発表することができました。(この曜日と月日がモンゴメリにとって何より大切な思い出であったことは、読んでおわかりいただけたことと存じます。)

『赤毛のアン ヨセフの真実』の発表のすぐ後で、ブロンテ文学のエッセンスを加えて再構築された赤毛のアンの物語『アンという名の少女』がNHKで放映されるというシンクロニシティも起きました。

同ドラマでは、シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア 』とのダイレクトな繋がりを示す引用句や、最終回での神秘主義への傾倒を思い起こさせる台詞回しなど、これまでネットでまとめて来た3冊に書き記した認識があながち的外れではなかったことを確認でき、ホッとしています。

そして追い始めた次なるテーマは、モンゴメリがその作品の中で裏テーマとして描いたであろうイングランドとスコットランド、アイルランドの融合の歴史を、私なりに解きほぐすことです。

例えば、なぜアン・シャーリーはあれほどピンク色を身に着けることに憧れを抱いたのかについても次のような推測が成り立つのではないでしょうか。

『アンの夢の家』に登場するレスリー・ムアはいつも真紅色の何かを身につけているので赤バラの様。対するアンは白バラに例えられ(第5章「白バラのヴィジョン」参照)、両者の距離はしばらくの間縮まりませんでしたが、アンの長女ジョイスの死産という悲しみを経て二人の間にあった壁が取り除かれ、そこにオーエン(Owen)・フォードという英国人作家が加わって、やがてフォード家とブライス家という二組の家庭が幾久しい交流を始めます。

Owenと言えば、社会改革者で心霊主義に傾倒していたロバート・オウェンについて第8章4節でご紹介しましたが、その他にもイングランドの白バラに表象されるヨーク家と、赤バラに表象されるランカスター家を融合させた「テューダー朝」を開く元となったオーウェン・テューダーという人物が有名でしょう。

アンとレスリーの対立と融和、そこに登場するオーウェンの図は、まさに戦乱のイングランドに生まれたテューダー朝を暗示しており、白バラと赤バラが融合することでピンクのバラが生まれた史実を重ねていると思われます。(紋章の名としては「テューダー・ローズ」、実際の花の名はオールドローズ系のヨーク・アンド・ランカスターというバラがあります。)

L.M.モンゴメリが、イングランドの王朝の歴史をアンの物語の中で再現したのは、エミリー・ブロンテが『嵐が丘』でスコットランドとイングランド、ならびにアイルランドが融合していく歴史を物語の裏モチーフとしていることをなぞったからと推察されるのですが、これについては長くなるのでまた別の機会にお話しできればと思います。

モンゴメリはよく言われているような生粋のスコットランド系ではなく、少なくともその1/4はイングランド系。

育ての親である母方の祖父のマクニール家や父方のモンゴメリ家はスコットランド出身ですが、父方の「モンゴメリ」は大元をたどればフランス北部ノルマンディーから、ケルト系の地域であるウェールズに渡ってきたノルマン人である可能性もあるとか。(イングランドのシュロップシャー州に隣接した地域にはモンゴメリ・キャッスルという城跡や、モンゴメリの名がついた場所が残っています。)

2021年7月8日追記:「”モンゴメリ” というのはノルマン系の貴族に由来する名前」とマーガレット・アン・ドゥーディが述べています。
合わせてページ下の追記もご覧ください。

『赤毛のアン・注釈版』山本史郎訳  2014年  原書房  巻末解説  p. 480〜481

そして、母方の祖母のウールナー家はイーストアングリアの Dunwich 出で、イングランドの出身であり、モンゴメリはスコットランドと同様、イングランドも愛していました。

1911年の新婚旅行では、シャーロット・ブロンテのスコットランド旅行(シャーロットが望んでも行くことが叶わなかった場所も含めて)を最初の方でなぞっていますが、旅の最後にはシャーロットが住んでいたハワースや、イングランドの首都・ロンドン、そして育ての祖母の生まれ故郷 Dunwich を訪ねて、100年前のイメージの中に耽っています。(詳しくは第11章2節「ルーシーという名の系譜」をご参照下さい。)

ハワースもロンドンもダンウィッチもイングランドですが、ロンドンはイギリス人女性作家 George Eliot が活躍した街でもあります。

シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア 』は1847年に出版されましたが、主人公ジェインが物語の中で名乗った仮名 ”Jane Elliott” にちなんだことが推測される「似た綴りで同じ音の "Eliot" 」をペンネームにしたジョージ・エリオットが、10年後の1857年に最初の小説を発表しています。

2022年1月6日追記:同様の見解が2021年3月の論文にあることを本日確認。
「エリオットの名の由来はこれまで誰も明確に指摘していないようであるが、シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』(1847 年)のヒロイン、ジェイン・エア(Jane Eyre)が作中で用いた偽名、ジェイン・エリオット(Jane Elliott)に注目したメアリアンが、Elliott の 7 文字の姓を、メアリアンの姓 Evans の 5文字に合わせ、短縮させたものと筆者は考えている」

『ジョージ・エリオットのイタリア紀行ーフィレンツェ編』橋川裕之著 注釈1の(2)より
早稲田大学高等研究所紀要 第 13 号 2021年3月

モンゴメリは『アンの夢の家』で、「ヨセフを知っている一族」のネーミングをした人物として置いた独身者Missコーネリアを物語のラストで結婚させ、彼女が新たに名乗ることになった「エリオット」のスペルをジェイン・エアの仮名と同じ ”Elliott” にしています。
シャーロットの作品にちなんだペンネームを付けた(と思われる)ジョージ・エリオットの存在こそ、早世したシャーロット・ブロンテを再生させる物語を生涯に渡って書き綴ったモンゴメリにとっての「ヨセフを知っている一族」だったのでしょう。(「ヨセフを知っている一族」については最終章第1節「ヨセフは『取り去られた者』」をご参照下さい。)

そして、アン・ブロンテやモンゴメリが主人公の想い人の名に「ギルバート」という名を選んだ理由の一つに「エリオット」という名前があるようですが、これもまた「ボーリングブローク」の由来の様にシャーロット・ブロンテ繋がりでのみ特定される案件であり、いつかお伝えできたらと思っています。(ギルバートの名前の由来については、これとは別角度からの考察をこちらに記しました。)

これからもモンゴメリの原文と、まるで三十一文字や十七文字に洗練させた日本古来の文学のような村岡花子さんの心楽しい訳本を通じて、モンゴメリのアン・シリーズを探求していけたらと思っています。

なお『赤毛のアン ヨセフの真実』補章編で指摘した "Avonleaアヴォンリー" と英国の古名 "Albion アルビオン" の「音アナグラム繋がり」については、日本語、英語の双方でネット検索してみたところ、現時点では私の「本」以外には見当たらないことを確認済みです。
スペルに囚われざるを得ないアナグラムなので、これは当然のことかもしれません。
スペルではなくその音に注目しなければ、両者にアナグラム的繋がりがあることには気づけないのです。

『赤毛のアン ヨセフの真実』補章編その1 ”Avonlea” は創造的アナグラムより


2021年7月8日追記:上記マーガレット・アン・ドゥーディーさんという方が書かれた『赤毛のアン 注釈版』の巻末解説は、私が今まで読んだモンゴメリ研究の中で一番腑に落ちる、わかりやすくて共感できる、非常に丁寧なものでした。
なんと「しかし実は、モンゴメリの”アヴォンリー”[Avonlea]は ”アヴァロン”[Avalon]のアナグラム[綴り換え]といってよい。」という記述があったのです!
そこには、私が『赤毛のアン ヨセフの真実』の第五部で展開した「アヴォンリーは英国の古名 ”albion”(アルビオン)のアナグラム”abonli”」であることは書かれていませんでしたが、テニスンの『国王牧歌』の最終章「アーサーの決別」の次のような詩が載っていました。

「アヴィリオンの島の谷。
そこでは雹(ひょう)も雨も雪もふらず、
風のかしましく騒ぐことがない。
そこは草茂(しげ)く生(お)い、果樹苑の芝も美しく、
樹々の緑深きたにや窪地を、夏の海が囲む。
ここでわたしはこの無念な傷を癒すのだ。」
(”アーサーの決別”)四二四〜四三二行)

『赤毛のアン・注釈版』山本史郎訳  同上    p. 483〜484

原文は次のようになっています。

To the island-valley of Avilion;
Where falls not hail, or rain, or any snow,
Nor ever wind blows loudly; but it lies
Deep-meadowed, happy, fair with orchard lawns
And bowery hollows crowned with summer sea,
Where I will heal me of my grievous wound." *太字はnobvkoによります。

Avilionというワードは初めて目にするものだったので調べたところ、こちらのページに ”Avilion is Tennyson's term for Avalon in Idylls of the King(拙訳:アヴィリオンはテニスンが『国王牧歌』で用いた「アヴァロン」を表す言葉)” とありました。
このワードもアナグラムにすると ”avonlii” となりアヴォンリーと読めます!
ウ〜ン、面白い♪

アンのひみつ

*ギルバートの名前の由来を考察しました。新記事「『赤毛のアン』と『マーミオン』〜後編」をどうぞご覧ください

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?