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誰もがかけがえの「ある」存在であり、あなたの替えなんていくらでもいますよという話

「かけがえ」というキーワードでGoogle検索すると、一番上にこんな結果が出る。

「かけがえのない」とは、「(命・絆・友情・思い出などが)代わりになるものがない・唯一無二である・何よりも大切である・絶対に失いたくない」ということを意味する表現である。

weblioより引用

「かけがえ+●●」と来れば、その次に来るものは「+ない」である。

検索数で比較する

  • 「かけがえのない」・・・1600万件

  • 「かけがえのある」・・・1080万件

つまり、一般的に「かけがえの+ない」が定着している。これを慣用句という。

では、次に「かけがえ」の意味を調べてみよう。

掛け替え。これは「替えが効く」という意味だ。

合わせて「かけがえのない」とは替えが効かない何か(=貴重)ということになる。

突然ですが、あなたは「かけがえのない」存在でしょうか?

僕は自分のことをかけがえの「ある」存在と自認しています。仕事、人間関係、社会的立場、すべて僕は替えが効く存在です。唯一無二のものは一つとして有していない。

仕事では重要な立場を担っていますが、それでも僕の代わりはたくさんいます。外から連れてくればいい。もしいないなら、教育してスキルを身につけてもらえれば問題はない。

僕には二人の娘がいますが、「父親」というのは役割に過ぎない。個体としての延藤素康は替えがないですが、「父親」の役割は替えが効かなくはない。

最近は「親ガチャ」なんて言葉が流行りましたが、「親が異なれば〜」という意味である。これは親という役割は替えが効くものと見られていると言えます。まとめると「質はまちまちだが、親はかけがえがある存在」と言えるでしょう。

本記事の根底にある「存在」というのは「ある関係における役割」という考え方である。

【自己紹介】37歳、都内でWEBマーケター、コンサルタントをしています。10代は物販、20代は塾経営をして、30代からは組織の一員としても仕事をしています。

世の中は替えが効くものばかり

かえがきかないものって何だろう? いくつか探してみました。

ディズニーランドはバリューが高いコンテンツです。でも替えが効かないかというとそんなことはないですね。ディズニーが消滅したら他のテーマパークに行くかもしれないし、映画館でデートをするだけかもしれない。換えがない存在とは言い切れない。

アルゼンチン代表からメッシを外したら、次の試合からFWなしで10人で試合するだろうか? しませんね。メッシも文脈によっては替えが効く存在と言えます。

ちょっと似た例を。熱心な阪神ファンのおっさんがいるとする。彼らはつまるところ、「メンバーの代替性のある組織」を応援してるだけです、実は。だって10年前の選手が一人も残っていなくもちゃんとファンであり続けています。また、もし阪神が別の球団に合併されたらそこを応援するでしょう。仮に野球ファンを辞めたとて、観戦に当てていた時間を無為に過ごすなんてことはない。

もっと身近な例を。通っている美容院の美容師がいなくなったら、髪を切らないかというとそんなことはありませんね。移籍先の店にかえられるかは距離によります。おおむね、その店で別の方にお願いするか、あるいはまったく別の美容院に行くか。やはり替えが効きます。

だってこれらすべての例は「役割」でしかないんだから。

だいぶ前置きが長くなりました。ここから本題です。この本題のスタート地点は「あなたの仕事は替えが効く」である。

替えが効かない仕事なんて危なっかしい

ドラマで悪い上司が登場するとだいたいこんな話を主人公にする。

「やめちまえ。お前の替えなんていくらでも効くんだから」

かわいそうに聞こえるかもしれない。でも、これは正しいのだ。

ちなみにその上司でさえ替えが効くのは言うまでもない。会社(組織)というのは誰かの課題を解決するために存在している。なので、社長だって替えがきく。あなたの上司も替えがきく。いわんや、一労働者に過ぎないあなた自身も替えがきく存在の一つなのだ。

逆に、会社の経営の立場で考えてみましょう。「かけがえのない社員」ばかりいたら、危険です。

「申し訳ございません。本日かけがえのない社員が退職したため、業務に支障が出ておりまして、当面商品の提供ができなくなりました」

そんな会社とは誰も取引しようと思わない。

誰の問題? どの立場で考えていますか?

でもね、僕も何人も会ったことがあるんですが、自分は「かけがえのない社員」だと思っている殊勝な人がいるんです。組織にとってはいいカモです。だって、対価以上の"価値"を見出して、それを糧に仕事を頑張ってくれるんだから。報酬を上げる必要もない。それで辞めない人材ってのは会社にとって美味しい。

もしあなたが「かけがえのない社員」とか「自分がいないと仕事が回らない」なんて思っているなら、それは自ら奴隷に成り下がっているということなんです。

あなたの替えなんていくらでも効きますから。たしかに短期的に見れば効かないかもしれないし、あなたが抜けることで混乱は起こるかもしれない。あなたを好む仲間も一緒にやめてしまうかもしれない。

でもそれは"あなたの"問題ではないんです。組織の問題です。会社(営利法人)で言えば、株主と役員たちの問題です。

もしあなたが本当に「かけがえのない」あるいは貴重な存在であれば、あなたを厚遇します。だっていなくなったら困るんだから。給与を上げるなり、部下をつけて仕事の負担を軽減するなり、あなたが気持ちよく仕事を続けてくれるように策を講じます。

でね。実際に僕は相談者に上記のようなことを言います。

延藤「あなた一人がいなくて困るような会社はそもそもダメな会社なんです」

すると、それまで会社に対して不満ばかりだったその人はこんな反論をするです。
「いやいや、会社ってそんな簡単じゃないでしょう。利益が上がらないなら人なんて簡単に採用できませんから」

はい、まったくその通りです。簡単ではありません。

ですが・・・あなたは誰の味方なんですか?って話なんです笑

「さっきまで会社に不満を言っていたのはあなたではありませんか?」となるんです。

こんなやりとり、よくありました。これは自分と他者を切り離しができていないから混乱が起きているのです。

あなたが貴重な存在なら他の社員の給与を削ったり、役員の報酬なり、あるいは何かしらの経費なりを削ってでも給与を上げようとします。あなたはそこまでの価値が出せていないのです。

もう少し救いのある言い方をすると、あなたはその会社でバリューは出せないだけなので、もっとバリューが出せそうな別の畑(会社)に移ればいいんじゃないですか?

これが僕に言える最大限のアドバイスです。

もう言い訳はよしましょう。

あなたは替えが効く、あなたの替わりなんていくらでもいる。だってあなたは組織においては「役割」でしかないんだ。

だからあなたは自分の意思で自分の環境を選ぶ自由がある。そんな場所は絶対にある。もし見つかっていないなら今から勉強したり、スキルを身につけたり、社外の人たちに会ったりして世界を広げればいい。

少なくとも、仲間内で会社や上司の不満を言ってる場合じゃない。飲み屋でぐだぐだ管を巻く。ようするに暇なんですよ。

では、まずは給与交渉してみてください。断られたら? 別にいいじゃないですか。何も言わなくて給与上げてくれないなら、自分からお願いしてみれば。断られて何を失うんでしょうか?

あなたは自分の役割のことだけ考えればいい

「こんな時期に辞めるとは何事だ!」
「仲間を見捨てるのか?」

・・・そんな言葉を投げつけられるかもしれない。いえ、これらは詭弁です。それは組織の問題であって、あなたの問題ではない。

延藤の例:辞めた会社1

僕の話をします。ある出来事をきっかけに4年間勤めた会社を数日で退職した。繁忙期の直前に辞めました。良心が痛むか? 全く痛みません。辞表を出す1週間前にクロージング(契約交渉)したお客さんにいきなり「辞めることにしました」と報告を入れることになった。

でもね、別にそのお客さんは会社の製品を買っただけなんです。アフターフォローやサポートはその会社の仕事である。僕は組織では特定の「役割」を負っていただけだから、残った誰かがやればいい。残った人間に報酬を増して・・・多分もらえてないだろうけど、でもやはり僕の問題ではない。

これを無責任と取る人もいるだろう。僕は違います。給与、条件、人間関係などを総合的に見て、辞めても僕が困らなかったというだけの話。

もし繁忙期の混乱を避けたいなら僕に月給100万円出すなりすればいいのだ。それでも辞めたかもしれないけど、そしたら月給1000万円渡せばいい。人間には沸点があるので、どこかで金を条件に動く。

でも幸いに僕も会社も望んでもいない。雇用契約が終了しただけだ。雇用契約は無期契約(期限の定めがない)ので、契約解除で終わり。

辞めた日の深夜12時(元旦だった)、僕は今後会わない人間の連絡先を削除して、4年間のまとめブログを書いた。

お互い「かけがえのある」存在であっただけなのだ。

辞めた会社2

もう一つ。僕は以前学習塾の経営をしていた。僕が辞めても問題ないように半年以上をかけて準備をした。抜けても混乱が少ない時期を選んだ。それは「自分が辞めた後もうまく営業していってほしい」という思いがあったから。自分が責任者だったし、地元にいるなら悪評は避けておきたいという意図もあった。

でもたとえば共同経営者やスタッフが僕のことを冷遇していたら、1日で辞めていただろう。それは僕の自由だ。誰かが僕の役割に担って対価を得ればいい。それは会社の問題であって、やはり僕の問題ではない。

ちなみに、塾にいた最後の半年間、それまで以上に働いた。しっかり引き継ぎをし、その分しっかり対価はいただいて去った。

どちらの例においても僕は決められた期間の「役割」を十全に果たしたという自負があります。

あなたは「自分がかけがえのない存在」と思い込んで、それを言い訳にしていないだろうか?

本当は転職するのが、あるいは独立するのが怖いだけではないだろうか?

「俺がいないとここはダメになる」と自分を慰めて、判断を先延ばしにしていないだろうか?

仕事が回らないとお客さんに迷惑がかかる? お客さんはあなたに支払ってるわけではなく、会社に対価を支払ってるだけですからね。お忘れなく。

何度も繰り返すけど、あなた一人が消えて回らない会社はそれまでの会社に過ぎないってこと。未来はないです。さっさと去りましょう。

これ以上は同じ論の繰り返しになるだけなので、このへんで終わりにします。

個人の人間関係でも同じですよ。「私がいないとあの人はダメになる」。いやいや、もうその人はダメなんです。あなたがいてもいなくてもダメなんです。だからさっさと離れましょう。

もし切りたい人間がいて苦しんでいるなら、このブログを読んでみてください。

まとめます。

組織や他者との関係においては、あなたは「かけがえのある」存在です。あなたには替えが効く。役割でしかない。あなたがいなくても大丈夫。自分の人生を生きよう。あなたにとってかけがえないのは「あなた自身の作る人生」しかないんだから。

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