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冷める瞬間

ふと気づいたんです。

「あ、僕、週刊少年マガジンを長いこと買ってない」と。

小学5年生ぐらいから40歳ぐらいまで「毎週」「欠かさず」購読していました。発売する曜日(もはやそれが何曜日かすら忘れてしまいました)になった瞬間には、もうコンビニに買いに行きたくて仕方がなくなるぐらいの習慣、いや依存と言っても過言ではありません。

スーパードクターKとか、カメレオンとか、コータローまかりとおる、金田一少年の事件簿などなど数多くの素晴らしい漫画が連載されては終了し、新陳代謝が激しく、僕の青春と共に最高の漫画ライフを提供してくれていた週刊少年マガジン。

しかし、ある時、30年近く習慣化していたものがピタリとなくなるんです。

僕は元々「熱しやすく冷めやすい」典型的な飽き性で、ある程度やってなんとなくできるようになったら次に行く…というタイプ。

「部活」などのスポーツや習い事もテニスやバスケ、野球にサッカー、水泳など一通り手を出しては何となくできるようになってやめています。

一方で、10年以上続くものもあり、そういうものに対しては「偏愛」的なコミットをします。

そんなものでも、ふと冷める瞬間があります。

それは「決めた時」です。自分の中でなんらかの線引きをして、それをその対象が超えた瞬間に「あ、もう大丈夫」となります。

週刊少年マガジンを例にとると、毎週楽しみにしていた「某漫画」が急に何週か休載になりました。そんなことはまぁ良くありますし、病気やら取材やら色んな事情があるのはわかります。

しかし、「来週は書きます」みたいなことがコメントしてあったので、「これは、次もし休載になったらもう買わないでおこう」と「決めた」のです。

翌週、急遽取材が入ったとかで休載になりました。

それ以降買っておりません。もちろん、僕1人が買わなくなったからと言ってその媒体がどうなるわけでもないですし、発行は続くわけです。別に恨む気持ちも何もないです。ただ、ダラダラ続けていた習慣を断ち切ったというだけの話。

他にも、僕がサラリーマンとして入社した会社も、「なんか違うんだよな」と思ってから、「この一線を超えてきたらもうやめよう」と決めて、すぐ辞めました。

あと、これまで色んな会社を創業しまして、それぞれ色んな思い入れがあるのですが、「こうなったらやめよう」と結構早い段階で決めていました。


習慣って「ダラダラ続ける」習慣もあるとは思います。


ただ、自分の人生ってアパート経営みたいなものでして、入居者の数って決まってるんですよね。限られた数の入居者しか入れられないのが分かってるのに、家賃滞納する入居者や、近隣の人に大声で叫ぶ入居者を入れていたらダメでしょうという話です。

そのために大事なのは「線引き」。

「家賃滞納2ヶ月まで」とか、「80dBまで」とか。

これを超えたらもうダメですよというのを決めると意思決定が楽になります。

そして自分の人生のスロットを開けることができます。

僕は6年間の間に3つの小学校に通いました。

その年齢の時に、友達や先生、生育環境が何度も一気に変わるって今思えば凄いことです。この影響って本当に大きかったと思っています。

自分にとって世界の全てだと思っていたもの、大切にしていたものがゼロになり、新しく作り直さないといけないというのを6年間の間に3回やるんです笑

これ、逆に言えば、「まぁゼロになってもいいか」というある種の諦観も生まれます。

習慣とは何かへの執着であり、そこから一歩踏み出すと、意外とさらに素敵なものに出会うというのはよくあることだと学びました。

ちなみに、「週刊少年マガジン」を毎週買っていた坪田は、今では月の支出の7割を漫画の「単行本」に使っています…。

これ、線引きが難しいんです…笑


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