日記(18)
2019年12月30日
日曜日、近所のスーパーでドライゼロの6缶パックを買ってそれを1本飲みながら、本や原稿の整理をしていた。
昨晩は、三田誠広『僕って何』(河出文庫)を半分まで読み、やっぱり自分は活動や運動がしたいんだなあ、と再認識した。
保坂和志『読書実録』(河出書房新社)では、
小説家にとって小説を書くということはまず何より手作業、手仕事である、画家も音楽家も手作業をなくすわけにはいかないのにワープロ、パソコン以来、文字を書くことが手仕事でなくなっている、まして読むことは手がいらない
(207頁)
パズルの一片、時計の歯車、そういう物だから五十年後七十年後に必要としてわざわざ神田まで足を運んできた人が受け取る、研究者は、文章を書く人間は、考える人間は、体を使わないといけないんだ
(15頁)
と書かれている。
手と足を使いなさい、とは開高健も口酸っぱくいっていたものだが、この身体性は自分にとっては、活動・運動などのつまるところの行動だと思う。
それが29歳から始め、今年で15年になる同人誌活動としていまも続けているわけだ。ちなみに三田が『僕って何』で芥川賞を受賞したのも29歳になる1977年。そして学生運動という似た題材を扱った『されど われらが日々──』で柴田翔が芥川賞を受賞したのも1964年の29歳になる年。その年には大江健三郎が同じく29歳で『個人的な体験』を発表している。
「9」という数字は中国では縁起のよい数字とされ、ものごとが極まる、成就する年だと信じられているそうだ。中華人民共和国の成立も1949年だし。
だから僕もそれにあやかって、いまから5年後(もうすぐ年が改まりますが)の2024年、49歳までになにがしかの節目を迎えたいものだ。40代の作品を短編集にまとめてもいいし、自分のルーツを辿るような長い旅に出てもいい。
2020年、出版活動として、年刊誌、作品集、書簡集、読書会誌、批評誌、詩集、前衛誌と計7点の刊行予定がある。うち作品集、書簡集、読書会誌、詩集の執筆・編集は依頼先に任せることになるが、ほかの3点は自分がまとめないといけない。かなり活動過多になっているけど、来年が正念場だと肝に銘じてなんとか乗り切っていく所存である。
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