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culture against apartheid

今朝『ソクラテスの弁明』再読を終えた。初読は1999年。24年ぶりだ。当時は通信制大学で学んでいた。西洋哲学基礎購読のレポートの課題図書だったと思う。担当講師は田之頭教授だった。教授は祖師谷キャンパスの夏期講習でギリシア語を勉強しないかと誘ってくれた。意欲はあったが受講しなかった。1999年アラファト議長は存命だった。同年10月アラファトPLO議長兼PA長官はパレスチナ支援調整会議出席。アラファト議長は1993年オスロ合意を成立させ、イスラエルのラビン首相と会見した。1994年この政治決断でノーベル平和賞受賞。2004年毒殺の疑いのなか75歳没。田之頭教授は講義でイスラエルとパレスチナに触れた。私は出席票提出の際、教授へパレスチナ問題に関して発言しようとしたが口ごもってしまった(田之頭教授は故人である)。さきほどculture against apartheidへ著名した。四半世紀近く経て、私はあのとき口ごもったもう忘れてしまった言葉を新たに響かせることができるのだろうか。

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