オタク・ヤンキー・アカデミズム(1)

2021年8月17日
第1夜
「1990年に始まる」

 イラク軍がクウェートに侵攻して東西ドイツが統一した年に僕は中学校に行かなくなりずっとひきこもっていた。そんな世界の激動とは裏腹にお茶の間ではB.B.クイーンズの「おどるポンポコリン」やプリンセス プリンセスの「ダイアモンド」が流れていた。家族の恥部を晒すようでなんだが当時は4歳上の兄もひきこもりだった。父は毎日まじめに働き母も家事をしっかりとこなしていた。息子の兄弟だけが家の中でおかしかった。僕たちは夜通し「子供部屋」にこもりテレビを観たり雑誌を広げたりくっちゃべったりしていた。起きるのはだいたい正午ごろでまたぞろ二人して『笑っていいとも!』を観ていた。そんなおり僕が独占して観ていたアニメがあった。『機動警察パトレイバー』の再放送である。僕がこのアニメに出会ったのは早朝だった。寝付けずに朝5時ぐらいに気まぐれに中京テレビを点けたらあの有名なオープニングが映っていた。 

レイバー。それは作業用に開発されたロボットの総称である。建設土木の分野で広く普及したがレイバーによる犯罪も急増。警視庁は特科車両二課パトロールレイバー中隊を新設してこれに対抗した。通称パトレイバーの誕生である。

 衝撃だった。小学生で『機動戦士ガンダム』に熱狂して『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』にハマった僕としては『パトレイバー』の警察ロボットアニメという奇妙なリアルさは新鮮だった。しかも初見が第38話「地下迷宮物件」(演出押井守)であったために『うる星やつら』のドタバタ劇ともシンクロして15歳の僕は完全に虜となった。おもえば僕は生粋のテレビっこだった。幼稚園で『ウルトラマンA』や『ウルトラマン80』にガチハマりして『ウルトラセブン』『仮面ライダー』『スペクトルマン』などを早朝鑑賞する生活をしていた。『秘密戦隊ゴレンジャー』にはじまるスーパー戦隊ものや宇宙刑事シリーズも欠かさず追っていた。アニメでは『ガンダム』のほかにも『タイムボカン』シリーズの『イッパツマン』が好きだった。これも押井守演出だった。『ガンダム』は『Z』『ZZ』からリアタイである。『Z』は熱狂したが『ZZ』は冷笑していたイヤなガキだった。『デビルマン』『ドロロンえん魔くん』『ゲゲゲの鬼太郎』『妖怪人間ベム』『キン肉マン』『プラレス三四郎』『ゲームセンター嵐』『北斗の拳』『ドラゴンボール』『炎トリッパー』『ブラックマジック M-66』、藤子不二雄アニメ、赤塚不二夫アニメ、『24時間テレビ』の手塚治虫アニメ…… 挙げれば切りがない。そして1988年の『AKIRA』に脳天をぶちぬかれるわけだが。
 しょうがない話をしてしまった。でもこうした子供時代の楽しかったコンテンツは忘れないほうがいいと思う。アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』にはこうある。

 豊かだとか貧しいとかいうことはとるにたらない。この点では、人間はまだ生まれたばかりの子どものままだし、また道義的意識への同意については、そんなものなどなくても平気でいられるということを認めよう。いくらか明晰さをのこしているのなら、このとき、人間は自分の幼年時代をたよりにするしかない。調教師たちのおせっかいのせいでどれほど台なしにされていたにもせよ、幼年時代は彼にとって、やはり魅惑にみちたものに思えることにはかわりがない。
(岩波文庫、7ー8頁)

 岩波書店のPR誌『図書』で大江健三郎が「親密な手紙」というエッセイを連載していた。それは書籍化されていないはずだ。大江の幼年時代のことがよく書かれていたと記憶している。子供のころのことを瑞々しく書くことが作家の使命でもあるように思う。今回のブログはつつましい大江と違って固有名詞の羅列でお見苦しい限りだった。いつか僕も大江のようにとはいかないまでも子供時代を書けるようになりたい。まったく筆は乗らないけど。ただのブロガーでも子供のころの記憶を書き残しても別に罰は当たらないだろう。人間の業ではあるのだが。


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