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国と球団の意地をかけた勝負

とある日、綺麗な夕陽が差し込む川沿いを走っていた。
その川沿いは団地やマンション、高速道路に囲まれている。
朝も夕方も夜も日の光や車のヘッドライト、住宅の灯が綺麗に反射し合っていてお気に入りのランニングコース。

その日は休日の夕方ということもあり、犬の散歩をしている人や子供と自転車に乗って家に帰るのであろう家族などTHE休日の夕暮れ。
幼少期、実家で見るサザエさんを思わせる日曜日の和やかさ。

そんな和やかな川沿いを走っていると、阪神タイガースのユニフォームを着た白人男性が俺を抜き去った。

俺は、
ん?と思った。

なんかな。負けたくないな。


阪神タイガース男性の後ろにベタ付けで追い、ずっと追い越すタイミングを見計らう。
肩で息をしているし、阪神タイガースのユニフォームは汗でびしょびしょになっている。
野球中継でもあまり見ないほどに、びしょびしょだ。


このスピードで走ってれば、いつか体力が切れて、そのうち追い越せるな。


そして俺はスピードを上げ、一気に抜き去った。

阪神タイガースのユニフォームを着た白人男性に負けてたまるか。阪神ファンに負けたくない、外国人に負けたくない。この2点が俺の走るスピードを加速させた。

マートンみたいな顔しやがって。

ついこの間、阪神タイガースは18年ぶりのアレを果たした。
でもな俺は日ハムファンだ。ノイジーよりもアリエルマルティネスが好きだ。
日ハムは今最下位だけど、来年は必ず優勝だ。


とか色々思いながら、マートンを抜き去り、前を走った。

そして俺はこのスピードで走っても全然余裕だよ。というように、呼吸を乱すことなく、なんなら肩を回し、首を回し、背中越しにマートンを挑発した。

するとマートンの地面を踏み鳴らす音が俺のすぐ後ろで聞こえてくる。

やるじゃねぇかマートン。

だが俺は絶対に負けない。

走るスピードをさらに上げて、突き放しにかかる。

その際、俺は一切後ろを振り向くことなく、特にマートンのことなど気にしてないよ。
俺はいつもこのスピードで走っているんだ。
というていで走り続けた。

約4キロほどマートンはついてきていた。
予想以上について来ていた。
彼は結構疲れていたように感じていたのに、足音は遠くなったり、近くなったり、常に俺の後ろに存在を感じさせている。

マートンの呼吸の乱れも、十分に聞こえている。
なのに心折れることなく着いてくる。

なんなんだこいつ。

俺はもっとスピードを上げた。ゴール手前でラストスパートをかけるかの如くスピードをあげた。
もちろんゴールなどない。
俺のゴールは家だ。家まで着いてこようものなら、俺は永遠にゴールには辿り着けない。

休日の夕方、家族団欒の和やかをかき消すくらいの猛スピードで走る二人をすれ違う人々の目にはどう映っていたのだろう。

しかも一人は阪神タイガースのユニフォームを着た白人男性。助っ人外国人マートン。


次第に俺の体力も切れかかってきた。
1kmのトラックタイムは自己新記録ではないかというくらいのスピードで走っていたから当たり前だ。
昨年のハーフマラソンの大会以来の息の切れ方。Tシャツは汗でびしょびしょ。水分を含んだ白いTシャツから透けて見える肌が恥ずかしい。

だが、ここで負けるわけにはいかない。
相手も辛いはず。ここで負けるのは自分に負けるのと同じことだ!

無我夢中で走った。
湿気のある日に頭上付近にたかる小さな虫を手で払いながら、もがくように、マートンのギブアップを待った。

川べりへ下る階段に差し掛かり、階段を下る。スピードを落とした俺にマートンが猛スピードで追いかけてきた。

へい!

うわっ!え!?

マートンが声をかけてきた。まじまじと見るとなおさらマートンに見えた。
声をかけられる事など想定していなかったからびっくりした。荒れ狂った心臓がさらに鼓動を速めた。

でも逆にこの距離をあのスピードでずっと付いてきたのに、そのまま素知らぬ顔でどっか行かれるのも怖い。

拳を突き出し、グータッチを求めてきたマートン。
俺は訳も分からず、拳を合わせた。


こんなスピードでいつも走ってるの?すごいね。

流暢な日本語だった。


明後日は走る?一緒に走らない?


交流の仕方が異文化だった。


憧れる。この交流と自分にはないコミュニケーション力。


名前はマートンではなくエスベンだった。
エスベンって友達いたな。あのエスベンはデンマークの人だったっけな?ノルウェー人の友達の友達だったからノルウェー人かな?

とりあえずマートンではないし、話しかけるために、あの距離を追いかけてきた執念に感服した。

話してみるととてもいい人で、最近日本に来たばかりらしい。
LINEを交換して、今度一緒に走ろうと約束した。

どこの国から来たのか聞き忘れたけど、今度聞いてみよう。
俺は一人で走るのが好きなんだけど。

でも、こういう出会いって嬉しい。

一緒の道を走ってて、気になる人いたら挨拶するくらいいいよな。
こんにちはとかくらい声かけてもいいよな。
もっと開けた人間になりたいよな。

夕陽に向かって走り去るエスベンはなぜか孤独を感じさせた。寂しげな後ろ姿だった。


後日エスベンからLINEが届いた。拙い文章で送られてきた日本語と変なスタンプ。

エスベンとの交流は続く。はず。

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