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浅草の黄金のうんこと見紛う半月

冬は嫌い。
寒いのは苦手。

でも一年の中で12月が一番好き。
世の中がわちゃわちゃしてるから。
イルミネーションとか、お正月の準備とか、年越しのために今年中に終わらせるあれこれとか、年末の道路の渋滞とか、秒針が少し速くなったような街の雰囲気とか。
単純に終わりと始まりが好き。

それでもとにかく寒いのが苦手で。
なんだけど、寒い中のランニングは好き。
寒い外気と体の熱さが心地良いから。

朝晩がかなり冷え込んできた、5日頃のいつかの12月の話。
夜に走ってきた。寒さが気持ち良い。

快調に走ること約2km。
右足太腿に違和感を感じる。

ん、攣りそう…


それでも走ること200m。


ん、次はヒラメ筋が張ってきた…


だが、走ることはやめない!
なぜならこの透き通った空気の中、走るのが気持ち良いから。

どうにかこうにか走り続ける。



いつもの川沿いを曲がろうとすると、その川沿いを直進してきた若いランニングウーマンが過ぎ去っていった。

ランニングウーマンに続く形で走り続ける俺。
走るスピードがほぼ同じで、俺がストーキングしている形になってしまっている。

時刻は夜の22時。
暗い川沿い。
俺の足音を気にして、振り向くランニングウーマン。


そりゃそうだ。
日常的にも夜道で前に女性がいると気を遣って、歩くスピードを早め追い抜く男性も多いはず。


ランニングウーマンを不安にさせてはいけない。
ヒラメ筋と太腿に多少の無茶をさせてでも、ここは俺がスピードを上げて抜き去ろう。


気を抜けば今すぐにでも、攣りそうな右足を庇いながら、ランニングウーマンを抜き去った。


右足の太腿をさすりながら、ちょっと負傷気味だけど、いつもこのスピードで走ってるんです僕。
と、いつもの如く訳わからないアピールをかます。


シャカシャカと音を立てるランニングウーマンのウィンドブレーカーの音が少しづつ遠のく。


その後も右足を労りながら走り続けていると、視界の隅に大きな黄色物体が現れた。

その物体ら強く発光していて、そして巨大。
月かと思ったけど、月にしては大きくて位置も低い。

はてさて。


黄色い物体があるのは方角的に浅草。
ということはあのよく分からん金色のオブジェかな?
光に照らされて、あんなに目立ってるのかな?
にしてはデカ過ぎるな。
と思うこと数メートル。ようやく全貌が見えた。

真っ暗な闇に浮かぶドデカ半月。
結局月だった。
こんなに大きな半月は初めて見るかも。
満月でもこの低さでこの大きさでこの発光具合なかなか見ないぞ。
めちゃくちゃ綺麗!!

走りながらとても興奮した。



そして誰かと共有したい!
あの半月めちゃくちゃデカくないですか?すごくないですか?
と、この神秘を分かち合いたい!
しかし誰もいないし、スマホもカメラも持っていない。
目に焼き付けるしかない。


ムーンパワーを浴びて、走るスピードも上がり右足も気にならなくなった。
なんなら腕を天に掲げて飛び跳ねながら走っていた。

ひたすら半月を拝みながら走る。
すごく最高なランニング日和!



すると後ろからシャカシャカと近づいてくる音がする。

!!!!!


ランニングウーマンが追ってきた。

これはかの阪神タイガース外国人の時と同じシュチュエーション。
エスベンの再来。(国と球団の意地をかけた勝負参照)


いや、違う!
今度はランニング"ウーマン"
もしかしたらエスベンのときのように、俺に接近して


「速いですね!いつもこんなスピードで走ってるんですか?」


なんて出会いが起こるかも。
しかも、今日はこんな綺麗な半月の夜。
俺は言うであろう。



月が綺麗ですね。



これは運命の出会いってやつかもしれない。


この先には信号がある。


いつもは道路交通法違反をして突っ切る、押しボタン式の信号。
今日は彼女のために法律を守る。


俺が到着するまで、誰もあのボタンを押すんじゃないぞと念を込める。


100メートル先の赤信号は二人を引き合わせる、運命の赤いランプのように煌々と光っている。

車も通らないくせに、なかなか青信号にならない煩わしいあの信号とばかり思っていたが、今日は二人の逢瀬に一役買ってくれる。


信号で止まり、負傷してるのに走ってるんだぜ俺。
感を出して右足太腿もさすり、時間をかけて信号のボタンを押す。



ウインドブレーカーのシャカシャカがどんどん近くなってくる。


エスベンのときのようにいけば、


速いですね!と来るはず。



そこで俺は


いや、そんなことないですよ。右足攣りそうで。とドヤ顔で返す。


そこですかさず、
そんなことより見てください、あれ!


月が綺麗ですね。きゅぴーん。



最高の筋書き。


シャカ、シャカ、シャカとゆっくりと近づいてくるランニングウーマン。



来たぞ。




信号はまだ赤のまま。



少し距離をあけて、横に立つ人影。




あれ、デカっ!

あれ!?



え、おっさんじゃん。

え?
後ろを振り向くと、さっきよりも心なしか小さくなった半月。
川沿いにはおっさんと俺の二人のみ。


え?ランニングウーマンは?



背中に月明かりを浴びながら、なかなか青にならない信号をシャカシャカおじさんと待っていた12月5日くらいのいつかの夜。

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