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事務所(プロダクション)と制作会社、一体どっちなんですか?

どちらでもあります。両方とも、とても大切な事業です。しかしながら、表立って「どちらもやってます」とは言っていません。この記事では、声優プロダクション事業と音声制作(=音響制作)事業の関係を整理してみようと思います。音声に関わる仕事の中でもデリケートな問題で、あまり語られることはありませんでした。私も会社を興してからずっと、毎日このテーマを煩悶しています。

最初に、音声を扱う仕事の過程をおさらいしておきましょう。前回の記事もご参照ください。ご自身のゲームや映像作品に音声が必要なお客様は、先ず音声制作を担ってくれる会社に依頼します。この音声制作会社がキャスティングの過程で声優プロダクションに打診をし、声優を派遣させます。

この二つが一緒になるということですね。

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音声制作にしろ、声優プロダクションにしろ、同じく"音声"を扱う事業です。必要なノウハウはある程度共通しているので、一つの会社が両方の事業を行うことは難しくなさそうです。

コトリボイスのwebサイトにアクセスしていただくと、所属声優の一覧が出て来ます。"声優プロダクション"が会社の代表的な事業です。右上の「音響制作はこちら」という丸いところをタップ/クリックしてみてください。コトリボイスstudioのページへ遷移します。ここが音響制作(音声制作)事業部のページです。この事業の収益が、実質的に株式会社コトリボイスを支えています。

コトリボイスがこの二つの事業を行なっていることは、決して特別なことではありません。実は大半の声優プロダクションは、音声制作の仕事を請け負っています。各社ホームページの"会社概要"を読んでみてください。"業務内容"という項目が書かれていると思います。そこには「タレントのマネジメント」と並んで「キャスティング、音響制作など」と書かれていないでしょうか?

また声優プロダクション事業はA社、音声制作はその関連会社であるB社、というように分担している企業グループも多いです*1。やはり"会社概要"をよく読んでみてください。関連企業として、音響制作(音声制作)会社の名前が書かれていることは珍しくありません。取締役の方が両社を兼任されていることからも、グループ会社であることが分かります。

なぜ、このことはあまり語られないのでしょうか。一つの理由は、声優プロダクションが音声制作会社に仕事を頂戴している立場であることです。売り上げの大半は、音声制作会社から入って来るはずです *2。その声優プロダクションが自ら音声制作の事業を手掛けるということは、お得意様とライバルになるということなのです。これが「両方やっています」とは大っぴらに言いにくい理由です。実際には上手い具合に住み分けているんですけどね。

*1 コトリボイスでもグループ会社を立ち上げて、どちらかの事業を移管した方が分かり易いとは思います。しかし現時点ではどちらも事業規模が小さく、分社するメリットがないので、株式会社コトリボイスという法人で両方の事業を取り扱っています。
*2 もちろん建前です。実際には付属養成所生や所属声優からのレッスン費が主たる収益源である会社が多いことは、前の記事の通り

キャスティング事業とプロダクション事業は、統合される運命

下請けを買収してサプライチェーンを一本化するのは、どの業界においても正攻法です。やはり音声の業界でも同じことは起きるのです。例えば音声制作会社が新人声優10人のキャスティングを、クライアントから頼まれたとしましょう。予算は1万5千円x10人にキャスティングの手数料3万円を加え、18万円とします。声優プロダクションと新人の取り分が4:6だとすれば、声優プロダクションには6千円x人数分の売上が立ちます。

この音声制作会社が、他社の声優プロダクションから新人声優を呼んだ場合。売り上げは手数料の3万円のみです。一方で、自社で抱えるプロダクション事業部から10名の新人を採用した場合。3万円+6千円 x 10名 = 9万円の売上になります。本来は下請けにトリクルダウンされる利益を、全て自社の懐に入れることが出来ます。

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このように、企業はキャスティングを含む音声制作事業と声優プロダクション事業を統合することで、利益を独占することが可能です。キャスティングを任されたら、自社もしくはグループ会社のプロダクションに属する声優を起用すればよいのです。製造業が製造ラインを川上から川下までグループ化するように、音声の業界でもキャスティング事業からプロダクション事業まで、垂直統合することにインセンティブが生まれます。利益を最大化するため、一つの会社が両方の事業を手掛けることはごく自然なことなのです。

キャスティングが特定のプロダクションに独占されることの是非を問う

さて音声制作会社と声優プロダクションが一体化することで、実際にキャスティングを依頼するクライアントにはどのような影響が生じるのでしょうか?メリットを二つほど挙げてみたいと思います。

先ずは、そのプロダクションに所属している声優を有利な条件で起用できることです。通常は音声制作会社を通してプロダクションに打診をすることになりますが、これがワンストップで行えます。多忙な人気声優にも、出演条件やスケジュールで融通を利かせて貰えるかもしれません。また声優アイドルユニットを結成して、一定期間活動するケースも好例です。ライブやイベントのスケジュールは、プロダクション間での調整が難航しがちです。しかしメンバー全員が同じプロダクションに所属していれば、その心配も要りません。一社が全体を管理することで、"管理コスト"が下がるのです。

もう一つは予算が極端に少ないか、納期が極端に短いケース。いずれも他社のプロダクションに依頼することが憚られ、そのため自社の声優で間に合わせることになります。すぐにキャストを集め、諸条件や出演料の交渉も省略して収録をスタート出来ます。これも管理コストが低いからこそ、と言えますね。

その一方で、クライアントにとってデメリットが生じることもあります。キャスティングの選択肢が狭められる可能性です。音声制作会社から提案される声優が、同社のプロダクション部門に所属している声優に限られてしまう。身内の声優ばかりが提案され、他社プロダクションの声優が選択肢から排除されます。

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クライアントの思いが詰まったキャラクター。そこへ生命を吹き込むには、他の誰よりも相応しいと思える声優をキャストに選ばなければなりません。身内に限られた選択肢よりも、プロダクションの枠を超えた幅広い選択肢から選んだ方がよいでしょう。

クライアントにとって、音声制作会社と声優プロダクションの統合には、以上に挙げたメリットとデメリットの可能性があります。依頼を請ける側にとっては、収益を独占できるメリットがあることを既に述べました。実は、それだけではありません。音声制作事業を手掛けることにより、"キャスティングの権利"を手に入れた声優プロダクション。ここに、もう一つの大きな問題が横たわります。

"キャスティングの権利"は声優プロダクションの金看板

これまでの記事で繰り返し書いてきた通り、"キャスティングの権利"は大変おいしいのです。例えば巨額の制作費用、広告費用が投入されるコンテンツ。注目されますし、ヒットする確率も高い。作品がヒットすれば、そこへ出演している声優の価値は必然的に高まります。自社に利益をもたらす声優を出演させ、その価値を高めたいと思うのは当然です。

しかし自社の声優の価値を高めるだけが、キャスティングの権利が持つ旨味ではありません。もっと簡単です。ただ新人声優を出演させるだけでよいのです。「自社でキャスティングを行なっているので、確実に声優の仕事が出来ます」とホームページに書いてあるプロダクションも珍しくありません。これは声優志望者にとって非常に魅力的です。たとえ声優プロダクションに入っても、仕事を得られるとは限りません。所属しているだけで全く仕事がないよりも、確実に仕事を貰えるプロダクションに入りたい。多くの声優志望者はそう考えます。

つまり、このキャスティングの権利を上手く使えば、付属養成所に生徒を集めることが出来るのです。繰り返し書いてきた通り、付属養成所のレッスン費は多くの声優プロダクションにとって主要な収益源です。音声制作会社が役を与えることをチラつかせてワークショップに"集客"するように、声優プロダクションもキャスティングの権利を武器にして声優志望者を集められます。音声制作会社と一体化することによって、声優プロダクションは効率よく収益を高められます。

この潮流に、どうやって逆らうか

キャスティングを含む音声制作事業と声優プロダクション事業のハイブリッドには、大きな利益を生み出す力があります。ラクに仕事を得られそうなプロダクションを選ぶ若い人たちも、責めることは出来ません。しかし私はこのビジネスモデルが間違っていると思うし、そのような声優志望者は志が低く、見込みがないと感じます。

目当てのレッスン費を徴収した以上は、例え技術が一定の水準に達していなくても、こうした新人をキャスティングせざるを得ません。例え脇役でも出演声優のレベルが下がることで、作品のクオリティは下がってしまいます。クライアントは不利益を被ることになるのです。

"キャスティングの権利"を利用して、ワークショップや付属養成所に声優志望者を集める。そのレッスン費に収益を期待するビジネスモデルは、急速に普及してきました。声優志望者が増えれば増えるほど、仕事を得るための競争は激しくなります。そうなると、この「仕事をあげますよ」という甘言が益々力を持ってくる。この潮流に、どうすれば対抗出来るのでしょうか。

当社の成り立ちは、他社とは少し異なります。利益を延ばすために二つの事業部を垂直統合をしたわけではないからです。音声制作事業はそれと意識せず、いつの間にか始めていました。スタジオ録音、キャスティング、進行管理、音声編集とバラバラに請け負う便利屋だったのですが、いつの間にか全部出来るようになっていました。そのスタッフが偶然にも声優のキャリアを持つ若い人たちだったので、余勢を借りてプロダクション事業を立ち上げた、そういう経緯があります。意図せずに、二つの事業が同居した企業としてデビューしました。利益を最大化するために、二つの事業を組み合わせたわけではありません。後付けながら、この音声制作と声優プロダクションの両事業を併せ持つ身としてどう振る舞うべきなのか、今も理想の姿を模索しています。

何よりも先に、クライアントのデメリットは解消されなければなりません。クライアントからキャスティングの権利を与えられた音声制作会社は、その権利をクライアントのため、正しく行使するべきです。予算が許すならば、他社の声優を含めた広い選択肢を提示することが大切です。先の記事でも書いた通り、弊社はオーディション形式でのキャスティングを推進しています。大手声優プロダクションの新人の方々がとても上手いので、中々コトリボイスの声優は選ばれません *3。それでも、クライアントにとってベストのキャストを選んで貰うことが一番大切です。

*3 このことはもう少し丁寧に話したいので、記事を改めて詳述したいと思います。

声優+企画制作の力で、総合マーケティング会社へ

さて、この問題を解決した上で、両事業を併せ持つ利点は最大化します。声優プロダクションが取り組むコンテンツの制作。他社でマネジメントされている方に遠慮することもなく、身内であれば自由に采配が振るえます。音声制作会社も声優プロダクションも基本的にはご依頼に忠実に応える受託事業者という立場。しかしながら、弊社は声優というコンテンツと企画制作の力を持ち、自ら新しい企画や協業の提案を行っています。少し例を挙げてみましょう。

中川亜紀子が取り組む『鵜野森町あやかし奇譚』と、櫻庭由加里が取り組む『京都府警あやかし課の事件簿』。それぞれがキャラクターナレーションを務めるCMが作成され、全国の本屋さんの店頭に流れました。

徳島の地域イベント"マチアソビ"では、ポストカードを配布しました。宛名面にQRコードが記されており、ここから録り下ろしのキャラクターボイス(徳島の観光案内をしています)を聴くことが出来ます。これはクライアントから依頼を請けて作ったのではなく、弊社が企画し出版社、声優と著者の方たちと一緒に作り上げました。

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村岡仁美が取り組む『モチ上ガール』は、さらに踏み込んだケースと言えます。ゲーム中のキャラクターボイスこそ僅かな数(掛け声のみ)ですが、村岡の関与はそこに留まりません。コスプレをしてイベントに参加することはもちろん、グッズ展開からSNSの運用までお手伝い致しました。マーケティングのパートナーと言っても過言ではありません。声優としてキャラクターの魅力を伝えること、広報活動で作品の魅力を伝えること、両者にはそれ程の隔たりがないはずです。

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(弊社自ら運営していたカフェでのコラボイベントの様子。すごく楽しかったです)

快くお任せいただいた作者のmumi氏には感謝しています。利益は微々たるもので、ビジネスとしては成功したと言えません。しかしこれらの試みで、コトリボイスの進め道は少しずつ形を成してきました。

これまで書いてきた通り、コトリボイスはインディーアニメやインディーゲーム、インディー作品のサポートに力を入れています。個人や少人数の制作チームでは、中々マーケティングにまでリソースを割けません。とにかく、作品を完成させることで手一杯だからです。その手が回らない部分を、我々がお手伝いしています。単に音声の提供で終わらず、その先をゆく。未来の総合マーケティング会社を目指し、試行錯誤を繰り返す毎日です。

五年後、十年後にこの業界がどうなっているのか分かりません。音声制作会社としてクライアントの要望にしっかり応え、声優プロダクションとして所属声優を丁寧にサポートをしてゆきます。その傍ら、少なくとも私がリーダーを務める限りは、このような挑戦も続けてゆきたいと思っています。

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